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2016年7月27日のブックマーク (5件)

  • 町山智浩 共和党大会とオルタナ右翼とゴーストバスターズ出演者ヘイトを語る

    町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で、クリーブランドで行われ、ドナルド・トランプが大統領候補として指名された共和党大会の模様やそこに集まったオルタナ右翼たち、そしてリブート版『ゴーストバスターズ』に対するヘイト運動について話していました。 (赤江珠緒)町山さん、先週おっしゃっていましたが、共和党大会に行かれたんですね。 (町山智浩)いや、中には入れなかったんですよ。 (赤江珠緒)ああ、そうなんですか。 (町山智浩)あの、文藝春秋さんに記者証っていうかパスをお願いしていたんですけど、結局出なくて。出ないからね、会場の外をウロウロするしかなかったですね。 (赤江珠緒)ああ、そうだったんですね。 (町山智浩)そうなんですよ。ただね、会場の外の方がね、変な人たちが多くて。中に入れない、基地の中に入れない人たちがいっぱいいてすごかったですけどね。 (赤江珠緒)ふーん! (町山智浩)あの、や

    町山智浩 共和党大会とオルタナ右翼とゴーストバスターズ出演者ヘイトを語る
  • 藤岡信勝氏・池田信夫氏が「誤り」認め謝罪文 慰安婦訴訟の弁護士批判記事 | HuffPost Japan

    元慰安婦らによる戦後補償の訴訟を多く手がけた高木健一弁護士を批判する記事を雑誌やブログに書いた藤岡信勝・拓殖大客員教授と、アゴラ研究所所長の池田信夫氏が、それぞれ記述の誤りを認めて高木氏にお詫びする謝罪文が載ることになった。高木氏が起こした名誉毀損訴訟2件が、相次いで和解したためだ。

    藤岡信勝氏・池田信夫氏が「誤り」認め謝罪文 慰安婦訴訟の弁護士批判記事 | HuffPost Japan
    daitom
    daitom 2016/07/27
  • いま、万感の思いを込めてリュックがリリース。3年半の開発期間を費やした「かわるビジネスリュック」発売開始 - ネタフル

    温め続けてきたプロダクトが、いよいよ孵化しました。自分の理想のリュックを追求した「かわるビジネスリュック」です! ここまで格的にプロダクト開発に携わったのは初めてのことで、右も左も分からないまま「スーパーコンシューマー」というコンセプトに従い、自分が使いたいリュックのわがままを言わせて頂きました。3年半前。富山を旅している時に @masakiishitani から届いたメッセージから全ては始まったのです。 スーパーコンシューマーとは何か? まず初めに、今回、ぼくが加わらせてもらった「スーパーコンシューマー」について説明します。マニアックな消費者のアイデアを形にするプロジェクトで、つまりは万人受けするものは目指されていません。とことんこだわったモノ好きによるプロダクトはしかし、結果的に多くの共感者を産み、いしたにさんの代表作である「とれるカメラバッグ」や「ひらくPCバッグ」といった製品ライ

    いま、万感の思いを込めてリュックがリリース。3年半の開発期間を費やした「かわるビジネスリュック」発売開始 - ネタフル
    daitom
    daitom 2016/07/27
  • 主婦が技術書を書いてSIerに入社した話/jtf2016 - Docs.com

    Microsoft Learn. Spark possibility. Build skills that open doors. See all you can do with documentation, hands-on training, and certifications to help you get the most from Microsoft products. Learn by doing Gain the skills you can apply to everyday situations through hands-on training personalized to your needs, at your own pace or with our global network of learning partners. Take training Find

    主婦が技術書を書いてSIerに入社した話/jtf2016 - Docs.com
  • 小野田さん帰国 42年後の真実|NHK NEWS WEB

    太平洋戦争の終結を知らないまま、30年近くフィリピンのジャングルに潜伏を続けた旧日陸軍の元少尉、小野田寛郎さん。1974年、小野田さんが日に帰国したときは、日中が沸き立ちました。 小野田さんの帰国を巡って、日とフィリピン政府との間で極秘の交渉が行われていたことが、外交文書から新たに分かりました。さらに、この交渉を経てフィリピン側に支払われた3億円の資金を巡って知られざる事実が浮かび上がってきました。(国際放送局 照井隆文記者、広島放送局 関根尚哉記者) 残留日兵 小野田寛郎さん 7月23日、日とフィリピンは、国交正常化から60年を迎えました。太平洋戦争末期、最も過酷な戦場の1つとなったフィリピン。日人50万人余りが死亡、100万人を超すフィリピン人が犠牲になったと言われています。 当時22歳だった小野田寛郎少尉は戦争が終わったことを信じず、3人の仲間とともに、フィリピンのジ

    小野田さん帰国 42年後の真実|NHK NEWS WEB