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ブックマーク / theinterviews.jp (2)

  • では、電気グルーヴを脱退した経緯を教えてください。 - cmjkインタビュー

    そもそも後輩に「長いこと彼女がいないようですが、原因はなんだと思いますか?」 とジョーク&嫌がらせで聞いてみたいばかりに軽い気持ちで登録したザ・インタビューズ。 せっかくですので、電気グルーヴ脱退から20年経った今だからこそ言える話を、 どこにも言ってなかった当の当の話を書こうと思います。 1stアルバム「フラッシュ・パパ」レコーディングの為マンチェスターに赴いた 卓球と瀧と僕。 クリエイションから自身の作品を出してたHYPNOTONEのトニー・マーティンをはじめ マンチェスターを代表する気鋭のミュージシャンやエンジニアとの作業。 当時Stone roses、現Primal screamのマニにクラブに連れていってもらったり、 憧れのハシエンダでは隣でTHE FALLのマーク・E・スミスが踊ってたり・・・ 毎日が驚きと感動の連続で、当時22歳くらいだった僕らには十二

    dangkicchi
    dangkicchi 2011/09/14
    90年代、たしかにこの頃はいかにメロディアスなものを排除したか、っていう曲がカッコイイと思ってた。実際、安物のシンセじゃつくれないし、すごいなぁとは思ってたけど。
  • 電気グルーヴに誘われた経緯を教えて下さい。 - cmjkインタビュー

    メンテナンスのお知らせ:日(2011-9-12)の 15:00 - 16:00 にシステム増強のため、メンテナンスを実施いたします。(詳しくはこちら) 元々僕は仙台の高校生時代The CUREとEcho & the bunnymenが好きで そういったギターバンドをやっていました。バンド名はThe Cutemenで、 由来もCure+BunnymenでCuremenじゃあんまりなんで一文字変えてCutemenという 安直なものだったんですが、地元ではけっこうな動員を誇り、自主盤も好評だったので 調子に乗ってバンド全員で上京したんです。僕が19歳の春のことでした。 しかし東京は甘くなかった。どこのライブハウスの昼の部のオーディションでも 言われることはいつも同じ。「洋楽っぽすぎる」 洋楽っぽくて何が悪いんだ!? 派手な衣装着て派手なメイクして、歌謡曲みたいなメロディーとアレ

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