文芸評論家の東浩紀氏が、「“首相の嘘”は囚人のジレンマ状況から生まれた構造的なもの」だと言い出している。 ゲーム理論を持ち出すのはよいのだが、ゲームの構造をはっきり認識すれば曖昧さが排除されて明確な議論になるはずなのに、ポストモダン的に情緒あふれる話になっていると言うか、その前に説明がおかしい事になっているので指摘したい。 1. 囚人のジレンマの囚人は相棒の供述に関係なく自白する 具体的には以下の部分なのだが、分かりづらいが正しくない。 囚人のジレンマという言葉がある。ばらばらに収監された2人の囚人は、相互不信にとらわれた結果、双方にとって不利な決断を下すことがある。その状況を意味する、ゲーム理論上のモデルである。 二名が共謀して犯罪を犯して収監されたときに、二人とも黙秘を行なえば二人とも微罪で済むが、どちらか片方が自白を行なえば自白した方は無罪で黙秘した方は極刑になり、両方が自白すると二
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