熊本県は6日、熊本地震の被災地支援のために4月末までに寄せられた義援金約57億円の第1次配分を、被災自治体に振り込んだ。義援金は市町村を通じ被災者に渡されるが、被災した生活保護受給者の中には受け取りを迷っている人もいる。義援金が一部でも「収入」と見なされれば、生活保護費が減額されたり停止されたりするためだ。制度が壁となり、国内外の善意が弱者に届きにくくなっている、との指摘もある。 「もらいたいけど、収入と見なされるなら要らない」 被災者の一人で生活保護を受給している女性(62)=熊本市=は、義援金の受け取りに必要な罹災(りさい)証明書発行を市に申請するか、迷っている。 住んでいたアパートの柱が折れて、家財道具のほとんどを失った。今はアパート近くの公園に避難し、知人が張ったテントに居候している。女性は精神疾患があり働くのが困難で、月6万9千円の生活保護が唯一の収入だ。 義援金は第1次
「仕事一徹。リーダーシップがあって人望も厚かった」。熊本県南阿蘇村の高野台地区で25日に遺体で見つかった福岡県久留米市の早川海南男(かなお)さん(71)は、同市で結婚式場などを展開する有名ホテルに数年前まで勤務し、支配人まで務めた。 同社幹部によると、早川さんはホテル創設時のメンバー。営業を取り仕切り、一流料理人を東京から久留米まで連れてくるなど交渉力と行動力があった。ホテルの駐車場を造成する際にはコンクリートの材料を買ってきて、一人で整備したこともあった。「生きていたら先頭に立って、復興の手伝いをやっていたはずだ」。幹部は唇をかむ。 南阿蘇村に別荘を持ち、ゴールデンウイークなどには家族で遊びに行くことも多かったと早川さんを知る人たちは口をそろえる。イタリア料理店の店主中尾達也さん(56)は、「阿蘇の山が好きで、店の前に植えているハーブを分けてほしいと頼まれたこともある。山に植えるんだ
おとそやお神酒として熊本県民に親しまれてきた伝統の「赤酒」の醸造元「瑞鷹(ずいよう)」(熊本市南区、吉村浩平社長)も熊本地震で大きな被害を受け、酒造りができない状態に陥っている。出荷前の瓶がほとんど割れ、余震の恐れがあって立ち入れず、被害の全容すら把握できていないという。 赤酒は、清酒と同じ工程でもろみを発酵させた後、木灰を加えて保存性を高める「灰持酒」の一種。弱アルカリ性のためブドウ糖が褐色に変わり、上品な甘みが加わる。伝統的な灰持酒は赤酒のほか、鹿児島、島根両県に残るのみという。 熊本では戦後に途絶えたが、瑞鷹が1950年代に復活。県内ではおとそやお神酒として定着した。60年代には料理人の口コミをきっかけに高級調味料として全国に広がり、現在は「東肥赤酒」のブランド名で飲用と料理用を販売する。 瑞鷹によると、熊本地震で出荷直前の赤酒や清酒約1万本が破損。建物の瓦や屋根が落ちたという
熊本県阿蘇市内の旅館などで組織する阿蘇温泉観光旅館協同組合は26日、加盟する19軒のうち9軒の温泉が16日の本震後、お湯が出なくなったり、水量が減ったりして営業を休止していることを明らかにした。数年前に泉源が枯れて閉鎖された浴場跡地のポンプからお湯が出るなどの事態も起きており、同組合は「地震後、あり得ないことが続いている。泉源の掘り直しも検討しなければならない」と頭を抱えている。 同組合によると、9軒は内牧地区にある温泉施設。地下数百メートルの泉源からくみ上げても砂などが混じるほか、地下にポンプで空気を送っても温水の噴出がないという。周辺の施設でもお湯の温度が3度上昇したり、湯量が増えたりしている。9軒の一つで、創業95年の五岳ホテルの池田宗高社長(58)は「こんなこと初めて。大きな余震が続いており、まだ調査に手が付けられない」と困惑する。 一方、枯れた泉源からお湯が出たという元公衆浴
熊本地震による避難所では、女性ならではの悩みを抱えながらも「ぜいたくは言えない」と押し隠したまま生活している被災者も少なくない。着替え、授乳、生理用品…。女性たちは「少しの配慮で悩みは軽くなるのに」と思っている。 「着替えは知らない男性もいる教室の隅っこ。家族が布団や服で隠してくれるけど、本当は嫌」。約370人が避難する熊本県益城町の広安小で女子中学生(13)はこう漏らした。他人同士が狭い空間を共有する避難所。「着替える間、教室から出てくれませんか」とは、とても言えない。 救援物資には生理用品もある。ただ、おむつやティッシュと同じ生活用品に仕分けられ、そこでは男性のボランティアが活動している。「男の人がたくさんいて取りに行くのは恥ずかしい」。ストレスが増す。 4歳の長男と生後8カ月の長女と広安小に避難する主婦(33)は教室の隅に行き、服で隠しながら授乳をしていた。臨時更衣室は、薄いカ
罹災証明書の特設窓口にごった返す住民。行列は左奥の方に数十メートル続いている=26日午前、熊本市の中央区役所 写真を見る 写真を見る 熊本地震で建物が被害に遭った証しとなる罹災(りさい)証明書の受け付けや調査がなかなか進まない。申請が殺到する中、職員が震災対応に追われ、証明書の発行業務まで十分手が回らないからだ。被災者は現地調査が済むまで倒壊家屋を撤去できず、余震や雨でさらに家屋が壊れる二次被害の懸念もある。政府は全国の自治体から千人の職員を熊本県内に派遣し、発行業務の加速を図る。 26日午前、熊本市の中央区役所には100人を超える行列ができた。市が罹災証明書の特設窓口を設置した22日から連日ごった返している。職員が「受け付けまで1時間半くらいかかります」と声を張り上げる。 同市によると、証明書の申請数は1万2730件(25日時点)。うち8777件は建物被害が「半壊」以上のレベルとみら
熊本地震で甚大な被害を受けた熊本県と大分県から九州の他県の公立小中学校に移った児童生徒が467人に上ることが26日、各県教育委員会への取材で分かった。被災地で休校が続き、余震も相次いでいることから地元を一時的に離れたケースが多いとみられる。被災地の両親と離れ、遠方の祖父母宅などに身を寄せる子どももおり、受け入れ先の学校での心のケアなどが課題となりそうだ。 熊本、大分両県を除く九州5県教委に被災地からの受け入れ状況を聞いた。467人の内訳は小学生419人、中学生48人。県別の受け入れ数が最も多いのは福岡県の193人で、このうち3割は福岡市に来ている。ほかに鹿児島92人▽長崎69人▽佐賀59人▽宮崎54人。ほとんどは熊本県からで、一部は大分県からも避難している。 文部科学省は18日、各県教委などに対し、被災地の児童生徒の就学機会を確保するため、「可能な限り弾力的に取り扱い、速やかに受け入れ
大きな地震の際、揺れに備えるために発表される携帯電話やテレビの緊急地震速報。熊本地震では余震が頻発し、鳴り響く警報音に子どもたちが「怖い」とおびえている。警戒を呼び掛ける音だけに、気づきやすくなければならないが-。ジレンマが浮かび上がる。 熊本市中央区の白山小体育館。「ビービービー」。本震から2日後の18日夜、携帯電話の警報音が一斉に鳴ると同時に、揺れが訪れた。横になっていた佐渡月ちゃん(4)は跳び起き、母の好恵さん(33)にしがみついた。好恵さんは「少しの揺れでも顔がこわばる。ブザー音は大きな揺れを思い出して怖いみたい」と話し、娘を抱き締めた。 緊急地震速報は、気象庁が震源近くで観測した地震波を基に、規模などを予想して発表。身を守る行動を促すため、テレビやラジオ、携帯電話などで広く伝えている。今回の地震では、14日から26日までに19回発表されている。 携帯電話各社の警報音は共通だ
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