2018年5月31日のブックマーク (3件)

  • 第447回:90年代サブカルと「#MeToo」の間の深い溝。の巻(雨宮処凛) | マガジン9

    私には「90年代サブカルスイッチ」というものがあって、そのスイッチを押すと、すべてに鈍感になり、普段「人権」とか言っている自分がどこかにすっ飛んでしまうような感覚がある。そのスイッチはやはり90年代に私に搭載されたもので、普段はそんなものがあるなんて忘れているものの、ふとしたキーワードで自分でも知らないうちに起動する。 最近、気づいた。セクハラしたり性犯罪に手を染める男性の中には、私にとっての「サブカルスイッチ」が入った状態の人もいるんじゃないかって。 例えば数年前、こんなことがあった。 当時、『テレクラキャノンボール』という映画がヒットしていて、私の周りの同世代のサブカル好きはみんながみんな見に行き、絶賛していた。どんな映画なのか。アマゾンの商品紹介には、以下のように説明がある。 「東京から札幌までを車やバイクで移動しながら各種出会い系を駆使して現地素人をハメ倒すAVを超えた痛快セックス

    第447回:90年代サブカルと「#MeToo」の間の深い溝。の巻(雨宮処凛) | マガジン9
    eirun
    eirun 2018/05/31
    「ここはそういう世界だから」「ここはそういう会社だから」「政治村では普通だから」「アメフト部では常識だから」。日本でこの種のスイッチは相当一般的ではないかと思う。
  • 女の代表は出来ないけれど

    女として思う。 欧米人はピッチピチのタンクトップとかをノーブラで着て乳首が透けていても気にしていないように見える。 ところが日人は乳首が見えないよう見えないように気を使う。 あくまでも私は、だけど家でくつろぐ時くらいはノーブラでいたい。 が、ノーブラでいると特別ピッチピチな服を着ていなくても、旦那がチラチラ乳首の位置を探っているようで、真面目な話をしている時でも目線が胸にくるので非常に陶しい。 男が見るから日人は乳首を目立たせないように気を使うようになったのか、欧米人の男は乳首を見ないから欧米人はフリーダムな服装が出来るのか、ふと考える。

    女の代表は出来ないけれど
    eirun
    eirun 2018/05/31
    ――この記事ってもしかしてフェミニズムでも乳首の話でもなくて「わたしの旦那はわたしにめろめろなんやで?」という新妻の自慢なのではなかろうか? そうであったほうが幸せ気分なのでそういう記事だと受け取る
  • メテオフォール型開発 - 実践ゲーム製作メモ帳2

    今日は、日の代表的なソフトウェア開発手法について紹介しよう。 その名も、メテオフォール型開発である*1。 第一節 通常のウォーターフォール型開発におけるプロジェクトはこのような形を取るが、 メテオフォール型開発ではこのような形が取られる。 そしてこうなる。 これはアジャイル型開発手法におけるサイクルであるが、 神の前では無力である。 神の一声は全てを崩壊させ、 民は一生懸命これを再建す。 これが、メテオフォール型開発*2である。 第二節 全てのスケジュールは天界の都合によって決まる。これを黙示録と呼ぶ。 ソフトウェア開発においてフィードバックは重要なファクターだが、 神にフィードバックは届かない。 ただし、祈りを捧げることはできる。この祈りはごくまれに届く。 神は様々な姿を取る。 外から現れることもあれば、 内に棲んでいることもある。 あるいは、まだ会っていない or 会うことすらできな

    メテオフォール型開発 - 実践ゲーム製作メモ帳2
    eirun
    eirun 2018/05/31
    多くの神話において神は人界を作ったあと天界に去って、「積極的に助けもしないが邪魔もしない存在」になったわけだが、そうする必要が何故あったのか、この記事からわかる。