カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』以来10年ぶりとなる新作は、奇妙で語りにくいけど、やはり面白くしっかりとした読後感を残す小説。 6世紀頃のイングランドを舞台に、ブリトン人のアクセルとベアトリスという老夫婦を主人公にして物語が始まるのですが、村を出て息子に会いに行こうとするこの老夫婦の記憶や行動がとにかく曖昧で、「これは一種の老人小説なのか?」といった印象で幕を開けます。 また、アクセルが自らの妻であるベアトリスのことを「お姫様」と呼ぶあたりからも、微笑ましいというか耄碌しているというか、そういう感じが漂っています。 しかし、物語は若い騎士のウィスタン、鬼に襲われた少年エドウィン、そしてアーサー王に仕えていた老騎士ガウェインの登場によって完全なるファンタジーの世界へと突入していきます。 『わたしたちが孤児だったころ』でミステリーの世界へ、『わたしを離さないで』でSFの世界へと越境した