JFL3年目にして、ついに宿願だったJ2昇格を果たした町田ゼルビア。この間、クラブは毎年のように指揮官を替えている。2009年は戸塚哲也、10年は相馬直樹(現川崎監督)、そして11年はセルビア人で大分での監督経験があるランコ・ポポヴィッチ。いずれもJFLのクラブでは破格ともいえるビッグネームである。 昨年の相馬体制下、町田は昇格条件となる4位以内(3位)という好成績を収めながら、スタジアムの諸条件(10年に改正)をクリアできず、またホームゲームでの平均入場者数の基準となる3000人も下回ったため、涙をのんでJ入りを断念している。その年のオフは、相馬監督がチームを去り、木島良輔(→松本山雅)や深津康太(→東京V)といった主力選手も流出。それでも「来季こそJ昇格」を至上命令に掲げていたクラブは、あえて新しい指揮官を国外に求める。そこで白羽の矢が立ったのがポポヴィッチだった。 いくらJリーグ