■「溜め」による自己責任論批判■ 本来、昨日分で書評の範囲は終わっているのですが、一応重要なことですので、自己責任論における「努力」の問題、及びその他について少しだけ書きたいと思います。 自己責任論に対する著者の考えは、wikipediaに概要があります。曰く、自己責任論からは、「自他の持つ社会資本の格差(親の所得格差、人脈の有無など本人の努力以外の部分で社会における有利不利を決定づけるもの)」が無視され、しかも、この自己責任論は、「「負け組」の人々においても内面化」されている、と。この社会資本を、著者は「溜め」と呼んでいます。 「湯浅誠『反貧困』」にて、『紙屋研究所』様が、適切に指摘するように、「少なくともこの概念を経ることで、「自分は抜け出したのだから」「私は陥らなかったから」という議論はもはやできなくなる」わけです。「貧困の背景・実態を多くの人達に知らせる必要がある。」というのも、そ