「目を覚まされましたか」 ヴジョー伯爵の長髪が額をかすめ、汗のにおいが鼻をついた。臭いのはいやだと断りをいれたのに、こいつが風呂も入らず闇雲に押し倒してきたのだと思い出す。 どうやら絶頂で気を失ったらしく、のぞきこむ顔は笑み崩れている。 公国一の美男がなんとしたことだ。宮廷の女官どもにこのやにさがった助平面を見せてやりたい。しかも、むっとするほど雄臭い。洗い立ての亜麻布に、埃にまみれた馬の獣臭さと汗を吸い込んだ革の饐えた匂いが充満している。オレはなんでこんな奴に圧し掛かられてよがっていたのか自分を疑う。こたえは明瞭だ。オレも溜まっていただけで、それ以上のことはない。 大きく息をついて睫を伏せると、上に乗っかった男は汗で濡れた首筋にまとわりつくオレの金髪を丹念に指で撫ではらい、また耳にかけやり、そうしてあらわれた耳の尖りにかるく歯をたてた。オレが肩を揺らすと熱っぽい声で名前を囁き舌で弄りはじ
![第92話 愛人 - 歓びの野は死の色す(磯崎愛) - カクヨム](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/2af05fd72c34e66c33e89a5352b7bc01c956da23/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fcdn-static.kakuyomu.jp%2Fworks%2F16818023213150466704%2Fogimage.png%3FIHphIiToxvYN8U_FOXEerP0iIJ8)