幼少期は、当時のイギリスの上流階級の家庭の常として、両親ではなく乳母からしつけを受けた。しかし、弟のアルバート(ジョージ6世)とともに、乳母の一人から両親が不在の度に体をつねられるなどの虐待を受け、エドワードが異常なまでに泣き叫ぶことから、両親が慌ててその乳母を追い出したこともあった。 13歳頃まで自宅で家庭教師によって厳格な教育を施された。1907年からは、オズボーン海軍兵学校で教育を受けたが、海軍軍人となるべく施される過酷なトレーニングやスパルタ教育、寮生活などといったそこでの生活には馴染めず、特に一番苦手だった数学に関しては、他の生徒とは別に休日に補習授業を受けることも多く、祖父エドワード7世にしばしば涙ながらに愚痴をこぼしていたという。オズボーンで2年間を過ごした後は、ダートマスの海軍兵学校に移り、2年間にわたる教育を受けることとなり、ダートマスでの生活では以前に比べある程度の自由