大学中退後、都内で2年ほどニートをしていたぶららさん。そんな彼を見かねた大学の先輩たちは、ある日「お前、どうせニートするならセブ島に行って面白いことしてこいよ」と言い放つ。ぶららさんと先輩たちは、大学の落語研究会で同じ釜の飯を食った仲。当時は面白い暮らしを目指すことから『大喜利ハウス』と名付けられたシェアハウスで、同居をしていた。 「セブの物価は日本の3分の1以下、治安もそこそこなので、面白半分で提案されたんですけど……本当は海外に行くなんて嫌でした。でも考えたり拒否したりするのも面倒だなと思っていたら、あっと言う間に事が進んでしまったんです」とぶららさんは当時を振り返る。 かくしてひとりの無気力ニートのために、先輩たちは「なんだか笑えそう」という理由だけで、生活費月額3万円を振り込むことを約束。航空券の手配から家の契約まで、ネットで完了させた。流されるまま彼は、‘11年12月に機上の人と