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ブックマーク / sinkousya.exblog.jp (2)

  • 「移植医療」という名の彼岸 | 進工舍の人びと

    ◆畑谷史代 『シベリア抑留とは何だったのか ―詩人・石原吉郎のみちのり― 』 (岩波ジュニア新書) 2009-03 人間の生死にかかわることについて、軽々に論ずるのはつつしむべきとは思うが、人は何故、それほど生にしがみつこうとするのか。 私は子をもうけてはいない。したがって、移植医療以外では生存はおぼつかないと診断された、重い病気の子を持つ両親の心中を察することはむずかしい。 医療テクノロジーの飛躍的な発達によって、かつてならば確実に死に至るはずの病が、莫大な費用と手間ひまをかけさえすれば、そうではなくなりつつある。これは人類にとってほんとうに進歩といえるのか。だれもが手放しで喜ぶべき事態なのか。 血液、骨髄液、臍帯血、あるいは、親族間による生体肝、腎移植等の、必ずしもドナーの死を前提としない移植医療ならまだしも、それが、心臓をはじめとする根幹部位であれば、患者にとってドナーを待つというこ

    gnarly
    gnarly 2009/06/27
    生命倫理,そして石原吉郎 "「人間とは、加害者であることにおいて人間となる」/つまり、自らの加害性を自覚してはじめて、人間は真の人間になりうる、と。"
  • 2008・10・26。東京・渋谷で起こったこと | 進工舍の人びと

    1970年に“点鬼簿”入りした舎主の実父が、生前経営していた家業の屋号。 戦前につくられた木造二階建て家屋を改装して、50年代前半に創業。事業の最盛期には、業とはまったく無縁の、名も無き「アナキスト」の活動拠点としても、多くの人間が出入りしていた。 両親没後は、曲折をへて住む人もないまま放置されていたが、今世紀に入って解体・撤去されついに消失。 このブログは、今はないこの舎(やど)を通り過ぎた人びとを偲びつつ、「新たなアナキズム」の可能性について、極私的につづるもの。 (なお、「舎」ではなく「舍」が正式名称) (最新記事の表示は、ページトップのブログタイトルをクリック) ・進工舍・別館もあります。 ・ana_gon(進工舍の次男坊)(舎主のツイッター) ◇舎主おすすめのサイト ・アナキズムFAQ ・アナキズム図書室 幸徳・大杉・啄木 etc. ・「父」  金子文子 『何が私をこうさせたか

    2008・10・26。東京・渋谷で起こったこと | 進工舍の人びと
    gnarly
    gnarly 2008/11/08
    10.26関係各方面へのご支援ありがとうございます
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