ブックマーク / akio6o6.hateblo.jp (2)

  • 残念な人の批判への反応 - ウラガミ

    誰とは言わないけど、筋の通った批判は無視して、自分が勝てる相手の批判は相手して晒すor論破するorした気になる人がいる。 まともな神経もってたら逆の対応するはず。 筋の通った批判には真摯に向き合い、自分がどう間違っていたのか、その人とどう違うから自分は考えを曲げないのかを丁寧に考える*1。 ただ非難したいだけの人は無視すればいい。 それが誠実なあり方だと思う。 冒頭に書いたような非誠実な対応を計算でやってる人もたちが悪いんだけど、一番たちが悪いのは天然でそういうことをしてしまう人。 天然の残念な人は筋の通った批判を聞いても相手が何を言ってるのか分からなかったり、むりやり曲解したり変なところを拡大解釈して相手が間違っているように感じてしまう。 そういう人には何を言っても無駄なので、かつての批判への対応を見て相手にするかどうか判断すればいいと思う。 人は変わるからその辺は留意する必要があるけど

    残念な人の批判への反応 - ウラガミ
    gnufrfr
    gnufrfr 2013/10/30
  • 「じゃあお前やってみろよ」のダサさ - ウラガミ

    評論、特に批判された時にその批判された対象がいう台詞として 音楽関係でも、組織論でも、ブログでもたまーに見聞きする 言いたくなる気持ちはわかるけど、それを言っちゃあプレイヤーとしてお仕舞いだと思う 悔しくなって自分の非から別のところへ論点をすり替えようとしてるだけじゃないの? そもそも評論ってものは誰にでも与えられた権利みたいなもので、それをとやかく言うのは筋違いだし(時に批判が名誉毀損になるようなものもあるけど)、 批判した相手がそれをできようができまいが、自分に(批判の場合)悪いところがあるのは明らか 見当違いな批判だったら「じゃあお前~」みたいなことは言わないし 百歩譲って使う場面があるとしたら、当に何を言ってるのか理解できず、どういうものが正解か全くわからない時には「ちょっとやってみてもらえませんか?」っていうのはアリだとは思う(結構な確率で答えてくれないし、「俺にもできないんだ

    「じゃあお前やってみろよ」のダサさ - ウラガミ
    gnufrfr
    gnufrfr 2013/10/13
    はい
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