去る4月7日は、RFCの40回目の誕生日でした。 最初のRFCを書いたと言われるSteve Crocker氏が、ニューヨークタイムズ紙に回顧録を書いておりました。そのタイトルは、ずばりHow the Internet Got Its Rulesです。 一読したところ、痛く感銘したので、以下に私訳を載せておきます。 どのようにしてインターネットはルールを確立したのか 今日はインターネットの歴史の中で、重要な日である。即ち、Request for Commentsとして知られるものの40回目の記念日なのだ。技術的なコミュニティ以外では、多くの人がR.F.C.について知らないが、これらの慎ましやかなドキュメントは、インターネットの内部の仕組みを形成し、インターネットの成功に重要な役割をしている。 R.F.C.が生まれた時は、World Wide Webが無かった。1969年の終わりですら、4つの
本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部) 本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 ビントン・サーフ(Vinton Cerf)―― TCP/IPプロトコル開発者 WWWのサーチエンジンを利用して、ビントン・サーフについて検索すれば分かることだが、ビントン・サーフに関連したWebサイトは何件でもピ
まずは、左の写真を見て頂きたい。なんと、阪神高速の高架がビルを貫通してしまっているのだ! 西梅田よりさらに西へ行った福島にそれはある。 このビルの名前は「ゲートタワービル」で、通称「ビーハイブ」。 円形のビルの中に高架が通り、車が吸い込まれていく。まるで、SF映画で描かれている近未来の光景を目の当たりにしているようだ。JR大阪環状線の車内からも目にすることができるので、密かに大阪の名所だったりする。 平成4(1992)年に建てられたこのビルは、16階建てのオフィスビルで、屋上にはヘリポートまである。5〜7階が「阪神高速道路」になっていて、エレベータは4階の上は8階ということになる。 それにしても、これはどうなっているのだろうか? 阪神高速に問い合わせてみた。 一見、建物と道路が繋がっているように見えるが、実は完全に分離された構造だという。道路はシェルターで覆われていて、ビルの中にトンネルが
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