100年前の2月8日、日本の植民地支配下にあった朝鮮半島出身の青年らが東京で、ひとつの宣言文を採択した。 「2・8宣言」と呼ばれる朝鮮半島の独立を求める文章だ。 現場にいた若者たちは、駆けつけた警察官らに検挙された。だが、この動きをきっかけに、翌月には最大の独立運動「3・1運動」が朝鮮半島各地で起き、さらに中国の民衆運動にも影響を与えた。 宣言文には、民族の自決を渇望する悲願が記されている。日本による併合を「民族の意思ではない」とし、「新国家を建設するならば……わが民族は必ずや世界の平和と人類の文化にたいし貢献する」と訴えた。 韓国併合は合法か否か――。この問題をめぐっては日韓国交正常化の際も主張が対立し、最後は玉虫色で決着した。関係改善を優先するため、あえて断定を避けた政治的判断だった。 ただ、併合から100年の節目に閣議決定された当時の菅直人首相の談話は、朝鮮の人々の意に反した支配によ
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