馴染みの顔が妙にかしこまっている。 「結婚式でもあるのか?」 そんな冷やかしに照れ笑いが返ってくる。これ、これ、この空気だよな。そんな実感が自分の足取りも、しゃっきりとさせる。編集部から日本シリーズの取材に行かせてもらった。新聞記者時代から、かれこれ7度目だが、何度きても、ここは特別だ。 ヨレヨレのシャツがトレード・マークのあいつが、首元にネクタイをぶら下げている。 「俺はいつも変わらないよ」 そう、気取っている奴だって、心は“正装”して、担当チームの勝利を祈っている。そんな舞台なのだ。そして、今年のシリーズ、誰よりも着飾り、ビシッと決めて、主役となる権利のある男がいた。 黒田博樹。 最後まで“別れの儀式”を拒み続けた黒田。 広島が誇る世界のエースは、シリーズ前に現役引退を表明した。ところが、黒田はネクタイどころか、いつものように泥だらけの「戦闘服」のまま、戦いに臨んだ。 「特別なことはな