サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
あれは、本人たちにとっては「義憤」のつもりなのだと思う。もっともこれは、かつての「暴支膺懲」も同じなのだが。いずれにせよ彼らはそれをいわば「正義に基づいて」行っている気でいるはずで、そこが根深くて解決困難なところ。 https://t.co/LDy5grEJUJ
少し前までの右翼の理屈は「日本帝国は悪いことをしたかもしれないが、良いこと”も”した」だったのだが(石原慎太郎ですら一応表向きはこれだった)、今の右翼は、単純に「日本は良いことをした」と考えているようだ。戦争経験者が激減してやりたい放題だな🙄
日本のメディアは相変わらず韓国バッシングにご執心だが、この問題に係る論調を見ていると、韓国側が「批判」しているのに対して、日本側は終始「嘲笑」を投げつけていると見える。そう、これが日本「らしさ」なのだ。つまり日本人は「冷笑系」なのだ。そして「嘲笑」「冷笑」には基本的に論理がない。
やっぱり美学みたいなものは、必要だよ。「困っている人を見かけたら助ける」「誰かのプライベートには立ち入らない」といった、最低限の、自分なりの美学。意地の悪い人は「自分が窮地に立っている時にそれが言えるか?」と質問するかもしれないが、そうやって極論ばかり言って逆張りして、楽しいか?
時々思うのだけど、日本には「パワハラ」という概念を理解できない人々が多数存在するのではないか。つまり「当たり前のことを『パワハラ』呼ばわりされるのはおかしい」と考える人々の存在。力による支配だとか、絶対服従などが日常だったため「それが当然あるべき規律だろう」で済ませてしまう人々。
「サマータイムで夫が早く帰ってきてくれる」などという超弩級の誤解で思い出したけど、「働き方改革」にしても、逆方向に誤認している人が少なくないのね。つまり「労働時間が減って仕事が楽になる」のだと。要するに「政府が良いほうに導いてくれる」のだと。今の日本政府を見て何故にそんな考えに…
ランキング
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く