◆プロボクシング▽WBO世界ミニマム級(47・6キロ以下)タイトルマッチ12回戦 〇山中竜也(TKO 8回終了)モイセス・カジェロス●(18日、神戸ポートピアホテル) 【写真】試合後、ファンに向かって両手を合わせる山中竜也 WBO世界ミニマム級王者の山中竜也(22)=真正=が、同級4位のモイセス・カジェロス(28)=メキシコ=を8回終了TKOで破り、初防衛に成功した。山中の戦績は16勝(5KO)2敗、カジェロスは28勝(16KO)8敗1分け。 山中「素直に今までの試合で一番ほっとしました。今回はうれしいです。どうしても応援してくれる皆さんのためにも何としても勝ちたかった。試合前にも長谷川(穂積)さんや久保(隼)さんからアドバイスをいただいたのが大きかった。4月3日がお母さんの誕生日なので『お母さん、おめでとうございます』。お母さん、いつもありがとう。これからもよろしくです」
お使いのInternet Explorerは古いバージョンのため、正しく表示されない可能性があります。最新のバージョンにアップデートするか、別のブラウザーからご利用ください。 Internet Explorerのアップデートについて 1990年代に放送されたCMで、「きんは100歳、ぎんは100歳」という名言が大ブームをおこした双子の姉妹きんさん・ぎんさん。同CMを制作したダスキンは、ぎんさんの娘である千多代さん(今年100歳)、美根代さん(現在94歳)のお2人を起用した新聞広告を18日に掲載。親子2代で同社の広告に登場することとなった。 【写真】懐かしい!「きんは100歳、ぎんも100歳」の名シーン きんさん・ぎんさんとは、1990年代の日本において記録的な長寿で話題となった双子姉妹である成田きんさんと、蟹江ぎんさんの愛称。100歳を過ぎても元気な姿は「理想の老後像」と言われ、一般人であ
女子大回転座位「金」を含む今大会4つのメダルを獲得している村岡桃佳(21)=早大=が、平昌パラリンピック最終種目の女子回転座位での銀メダルを獲得した。 【写真】笑顔で手を振る村岡桃佳 村岡は、出場した全5種目でメダル獲得の快挙。1998年・長野大会、アイススレッジスピードレース・土田和歌子らのメダル4つを抜き、1大会で日本最多のメダル獲得数となった。 最後の勝負で、村岡は前半57秒22とトップのアンナ・レーナ・フォルスター(23)=ドイツ=と1秒86差の2位につけると、2回目は荒れたコースに苦戦させられながら1分3秒97。前後半の合計2分1秒19で、フォルスターと5秒37差の銀メダルとなった。 ◆村岡の今大会獲得メダル 10日、女子滑降座位「銀メダル」 11日、女子スーパー大回転座位「銅メダル」 13日、女子スーパー複合座位「銅メダル」 14日、女子大回転座位「金メダル」 18日、女子回転
カーリングのパシフィック・アジア選手権(今秋、開催地未定)の日本代表決定戦(5月18~20日、北海道北見市)で、五輪選考以外で初のテレビ中継が検討されていることが17日、分かった。 決定戦は、五輪代表と日本選手権優勝が争い、女子はLS北見と富士急、男子はSC軽井沢クとチームIWAI(北海道)が対戦。日本協会が放送局と交渉を行っている。 現在開催中の日本混合ダブルス選手権の観戦券は完売した。ただ、16日に五輪代表が出ない午後8時からの3試合について、同協会の浪岡正行専務理事(60)は「残念ですが、試合最後は観客0人でした」と衝撃の事実を明かした。 注目されている今こそ「カーリングは4年に1度」という認識を変える好機だけに、同協会の倉本事務局長は「多くの方に見てもらいたい。会場に来られない方にもテレビで競技に触れてほしい」と話した。
完成前の東京ドームを見て、長嶋茂雄は「天井にボールをぶつけることは無理だろう」とコメントしていたという。 1988年2月7日午前6時。 私は沖縄・恩納村にあるホテル・ムーンビーチの駐車場にレンタカーを置いて、海岸に向かって歩いていた。中日のキャンプは早朝の散歩から始まる。それを取材するために、当時、報知新聞の中日担当記者だった私は、眠い目をこすって毎朝、ホテルに駆けつけていた。それが番記者の1日の最初の仕事だったからである。 ところがホテルの建物に入るか入らないかのところで、血相を変えた中日の大越広報部長(当時)が飛んできた。 「ワシダッ、大変なことになった!」 大越部長がまくし立てる。 「監督が朝食のときに今朝の報知を見て凄まじい勢いで怒っているんだよ。いま顔を合わせたら大騒ぎになる。練習が始まるまでに何とかオレがなだめておくから、今日はここで帰れっ!」 監督とはこの年、就任2年目を迎え
開花と言っていいだろう。 村岡桃佳は、平昌パラリンピックで圧倒的な輝きを放っている。 競技初日となった最初の種目の滑降で銀メダルを獲得すると、スーパー大回転と複合で銅メダルを手にする。 そして3月14日に行なわれた大回転ではついに金メダルを得たのである。 その滑りは圧倒的だった。1本目にただ1人13秒台となる1分13秒47で1位になると、2本目はさらにタイムを縮める1分13秒06をマーク。終わってみれば、合計タイムで2位に2秒71と大差をつけ、堂々優勝を果たした。定評のあるターンの技術、旗門により近いライン取り、滑りの内容そのものも、他の選手を寄せつけないものであった。 そして21歳での金メダル獲得は日本選手としては冬季パラリンピック史上最年少、女子の金メダルは2006年トリノ大会の大日方邦子、小林深雪以来という記録ともなった。 ソチを終えて応えた「練習がしたい」。 村岡にとって平昌は、1
ドミニカからジャパニーズドリームを掴むため 毎年多くの外国人プレーヤーが来日するが、それから先の運命は十人十色である。成功を掴むもの、失意のままに帰国するもの、他国でプレーを続けるもの、引退するもの…。日本で名球会入りし、監督の座についた横浜DeNAベイスターズのアレックス・ラミレス監督はジャパニーズドリームを掴んだ筆頭と言えるだろう。その一方で、遠回りしながらも、ジャパニーズドリームを掴む途上にある人物がいる。ウィルフィレーセル・ゲレーロ氏がその人だ。 現在福岡ソフトバンクホークスの通訳として働くゲレーロ氏は、ドミニカ共和国出身の31歳。広島東洋カープの育成選手として、独立リーグのプレーヤーとしてご記憶のファンもいるかもしれない。日本の一軍でのプレーという夢が破れたものの、通訳という新しい仕事を通じ、新たな夢を得た彼の数奇な野球人生を紹介したい。 ドミニカ共和国の首都サントドミンゴから南
トニ・ブランコの名は、日本の野球ファンであれば誰もが覚えているだろう。中日ドラゴンズ時代に本塁打王、横浜DeNAベイスターズでは首位打者に輝いた強打者である。ブランコが日本球界で成功を収めた理由とは? そしていまだ現役を続ける意欲を語った。 【写真】今季注目のMLB選手10組 中日、DeNA、オリックスの3球団で計8シーズンに渡りNPBでプレーしたトニ・ブランコ。首位打者、本塁打王各1回に、打点王2回、そして181本という通算本塁打数。間違いなくNPB史上に残る最強の外国人プレーヤーのひとりといってもいいだろう。 しかし、2016年シーズンをもって日本球界を去ってから早や1年半、彼に関するニュースを全く耳にすることがなくなった。引退報道も、プレーしているという報道もない中、母国ドミニカ共和国にいる彼に直接話を聞くことができた。 彼に話を聞いたのは、首都サントドミンゴの中心部から車で約20分
オリンピックが終わって1週間。 「カーリング・ロス」に陥っている人もいるのではないだろうか? でも、嘆くことはない。3月17日からはカナダのノースベイで女子の世界選手権、3月31日からは男子の世界選手権がアメリカのラスベガスで行われ、日本でも中継の予定がある模様だ。 平昌オリンピックのカーリング中継についていえば、テレビの映像としては“poor”だった。カーリング中継は、天井からのカメラで定点観測することが基本だが、今回はシート横の移動カメラの映像を多用したため、ストーンの位置が見づらくて困ってしまった。 ただし、これは日本のテレビ局が作った映像ではないので、お間違えなく。カーリングの国際映像を作ったチームの責任です。 ただしオリンピックの映像でも、シートAだけは天井からの映像が多く、やはりディレクター次第だと思った。 アナウンサーが定着させたコンシード。 日本の中継のファインプレーは、中
夕暮れの大阪城公園…大阪放送局のお天気カメラかと思ったら逆アングルか (OBPかな?) #sumo pic.twitter.com/wexl4vadRg — カ_ボ_チ_ャ_ (@jocx_tv_kawada_) 2018年3月17日 - 17:14 〔春場所七日目〕幕下以下実況席は、 玉垣親方(智乃花)と小林陽広アナ。 #sumo pic.twitter.com/WkCRAZXp82 — くるくるおばけ@ブログ「大相撲取組内容」 (@kuru2obake) 2018年3月17日 - 13:11 〔春場所七日目〕幕下以下向正面は、 若者頭 伯龍さん。 #sumo pic.twitter.com/uPUHF7QjP8 — くるくるおばけ@ブログ「大相撲取組内容」 (@kuru2obake) 2018年3月17日 - 13:14 〔春場所七日目〕十両実況席は、白いスーツをお召しの 松ヶ根親方(
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