インターネットがコミュニケーションのあり方を革命的に変容させるのだ!というITピューリタン的発想にはまったく組しないのだが、もし、インターネットがわれわれの生活世界におけるコミュニケーションに影響を与えているとするなら、それは、「無知」がますます言い訳として通用しなくなったということがあげられるかもしれない。誰でも簡単に情報にアクセスできることは、「無知」であることと「悪」であることの区別をつきにくくしている*1。たとえば、われわれは、専門的な研究会に出席したり、難解な学術書をいくつも読みこなしたりせずとも、1クリックで南京大虐殺があったということを知ることができる。また、その否定論が、いかにロジックとして稚拙であり、学問的な真剣さに事欠いているかを知ることができるのである。 さらに、その否定論が打ち出す「南京問題」なるものが、いかに中国に対する蔑視感情と自民族中心的なナショナリズムを背景