紅は定期的にミクシィの話をしないと死ぬので今日はミクシィの話っ♪ 10月末あたりから”増田剛 LA”やら”増田剛”のキーワード検索で グーグルちゃんから1日100人くらい人が来てます。 あれ、なんで今頃?っていうか、ほったらかしにしてる紅への嫌がらせか?そーなのか?? でもまぁ、前回はタイミングが悪くて書けなかったので良い機会です。きっかけをありがとう! とりあえずこのへんをチェケラしたうえで、該当日記と寄せられたコメントをご覧ください。 いただいたコメントはやはり否定的というか、「自己満足」「大きなお世話」といった意見が 多かったです。 善意ではじまったことだけに、こういう結果になってしまったことは非常に残念なことですね。 では、どうすれば良かったか? その答えは未だに分かりません。 どんな日記を書こうと、それはユーザーの自由。 バトン日記を許してる以上、事務局側でチェーン日記を禁止する
ここ1年ぐらい、mixiをべったり使ってみたのだが、少し距離を置いてみることにした。何やらネット界隈で言うところの「mixi疲れ」だとか「ネットリテラシが低くてごにょごにょ」だとかそういうことなんだろうけど。 概ねマイミクの方々とは上手くやっていたし、直接何か原因になる出来事があったわけでもない。ただ、最初から感じ続けていた違和感のようなものが、消化もされず風化もせず、かといって増幅していったわけでもなく、ただずっとそこにあった。「ある閉鎖された空間での、内輪的コミュニケーション」という事で言うなら、ボク自身はインターネット以前のパソ通から経験している。最初mixiをはじめた頃はパソ通に近いものを感じて、そういう方向でやるものなのだと思っていたのだが、どうも随分と勝手が違った。マイミクのマイミクといえども、そしてその共通のマイミクの人を通してよくお互いコメントを見る事になったとしても、直接
mixiは大分前にアカウントを消して、今は友人の日記閲覧用のほとんど空のアカウントを残しているだけなのですが、最近になって数少ないマイミクが続けざまに二人mixiを脱退しました。 前に「mixi疲れ」を心理学から考えるという記事を読んだのですが、mixiの「人間関係」に辟易して去っていく人というのが少なくないように思います。 もちろんイヤならやらなければ良いだけですし、自分に都合の良い利用の仕方をすれば済む話なのですが、実際上の是非やら功罪やらはまったく別にして、「この鬱陶しい感じはなんなんだろうなぁ」というのが気になります。 リアルな人間関係だって鬱陶しいことはあるのですが、mixi付き合いにはmixi付き合い独特のウェットさがあるように感じてなりません。 足跡機能や招待制というシステム(有名無実化していますが)、マイミクによる紹介文やマイミクから人間関係を辿れること等、具体的要素を挙げ
2006年10月08日 それは mixi だけの問題か? 以下、検証データはないし、感覚でしかないと先に言っておく。 最近、「mixiユーザーはリテラシーに欠ける」だの、「mixiユーザーはムラ社会」だの、「mixiユーザーは危機管理能力がない」だのといった意見をよく見かける気がする。確かに、現時点では mixi ユーザーに上記の問題点が多く含まれているような感じがあるのは否めない。 何故 mixiユーザーに多く含まれると感じるのだろうか? それは、技術者ではない人、またはネットとリアルの境界線が希薄であるか意識しない人々(以下、一般ユーザーと定義)への浸透が mixi において著しいからだと判断する。 一般ユーザーが浸透すれば、何故そのような問題が発生するのか。 理由は、リアルである周りを見渡してみれば一目瞭然だろう。 マスやメディアの情報を鵜呑みにして、自分の意見としている人はいないか
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