おれの部屋に週2位の割合で夜中に遊びにきやがって 帰るのは次の日の昼ごろで 眠くなったら俺の目の前で仮眠とかとりやがって 俺と話す時はすごいうれしそうな顔してて しばらく会わなかったらメールで「ねえ、私のこと覚えてる?忘れてないの?」 とか送ってきやがって 「彼氏にしたい人は家族みたいにいっしょにいて落ち着ける人」とか言いやがって それでこれは99%大丈夫として告白したら 「他に好きな人がいるの」だと。「君の事は大事な友達のつもりだった」だと。 畜生。もう一生女なんか信じない。興味もない。おれは一生独り者だ。
http://fragments.g.hatena.ne.jp/nisemono_san/20070115/1168798973 ああ、とてもよくわかる。俺も大学のときに同じような状況を経験した。 童貞だったところを、誘われてセックスして、好かれていると勘違いした。 張り切ってデートに誘ったりしたけど、そういうことではないのだ、と言われて気付いた。 俺が、これは恋愛ではないのだと気付くことができたのは、相手のことが好きだ好きだと思いながらも、どこかで違和感を感じ続けていたからだと思う(思感感思)。それまでまったく興味のなかった女の子が、一度セックスしただけで恋愛対象になってしまったことに、なんとなく居心地の悪さを覚えていた。だから、相手に「そういうことではない」と言われたときに目が覚めた。 早く気付いて本当によかった。 「手に入ったと思った瞬間にそのモノを窓に投げられてしまった」感、すごく
話はずれるけれども、この人の話を読んで、 つきあうっていったいなんなんだろう、付き合いたいと思うってどんなこと? と疑問に思う。 ずっと付き合うって何かがよく分からない。 キスをしたりエッチをしたりそういうもろもろなことをしたりしても いいんだよと、お互い同意するための契約しかないのではないか、 と思えてきて、とたんに付き合うということに向けて 頑張ったり悩んだりすることがくだらなく思える。 いや、頑張ったり悩んだりすることがくだらないというよりは 付き合うということが目標になっている自分がいることに ふと気がついて反吐が出る。馬鹿か俺はと思う。 合って話して触れ合って、 そういう間に存在することが非常に大切だと つま先からてっぺんまで使って感じ取っているはずなのに。 世にはびこる付き合うということに対する定義づけが忌々しく、 そこに大切なもろもろが簡単に集約されているようで嫌悪する。 そ
ポケットベルという物をまわりのみんなが持ち始めた。何だかコソコソと取り出しては、足早に電話ボックスに駆け込んで凄い早さで交信していた。でも、あんな小さい画面に数字の語呂合わせでやりとりできることなんてたかが知れているので、たいして気にも留めないふりをしていた。 やがて、連絡が付かないからと言って半ば強制的にポケベルを持たされた。知らない間に漢字まで表示できるようになっていて、びっくしりて、正直ちょっとうれしかった。でもまわりのみんなは携帯を持ち始めていた。何処にいても電話がかかってくるなんて、どうしてそんなことに耐えられるのかが不思議でならなかった。 あっと言う間にポケベルを持っているのは私だけになって、困ったことに公衆電話が見る見る減っていった。まわりのみんなはいつも携帯で楽しそうに話していた。不意にかかってきてそのまま歩きながらしゃべる内容なんてどうせ大したことはないということにして、
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