承認欲求はよくないことなので、 子供の承認欲求を一切認めない子育てをしてます っていう記事をだれか書いてくれないかな。 子供がお父さんの絵をかいて、 「見てみてー」っていったら、 「見てとはなにごとだ、お前はほめられたくて絵を描くのか」 みたいにしかるってパターンで おれ子供いないからディテールがつくれない。 だれかたのむ
友人は俺と話す時、どうやったら女性にモテるか、とか、今デートしている女の子をどうやったら落とせるか、という話をする。というのも、俺は女性の落とし方に精通しているのだ。高校卒業までずっと童貞だった俺は、好きな女の子に振られたのをきっかけにアンダーグラウンドな努力を重ねた4年間を経て、どんな女性でも口説き落とすことが出来る男に変貌していた。その変貌の過程を見てきている友人は、俺とこの手の話をしたがる。俺自身としても自分が最も熱心に打ち込んできたことに関する話だから、本当に楽しくその話に応える。しかし帰り道になるといつも思う。これは俺が本当に話したいことではない。モテについて話すときの俺は薄っぺらいのだ。なにをどうすれば自分が魅力的に見えるのか、女性が惚れるのか、初対面の男性とSEXをしたいと思うのか、清楚とビッチのそれぞれの落とし方、なにもかもを知っている俺は、どんな話があろうとコンピューター
最近の学生はゆとりだの冷蔵庫に入るとやたらネガティブな記事が目立つが、面接に来る学生を見るとそんなの一部の例外ということが良くわかる。挨拶もできるし、教養もある。バイトや学生生活もきちんと送ってる。俺が大学生のころと比べると、ずいぶん向上心があると度々頭が下がる思いだ。(現にTOEICスコアは年を追うごとに上がっている)ただ、そんな良い面ばかり見てると、自然と物足りない面も探したくなるのはオヤジの悪い癖。はっきり言うと、つまらな人間が多い。はじめに断わっておく。俺は哲学みたいな定義云々の話は苦手だから「具体的につまらないってなんだよ」という突っ込みは答えられない。面接担当の癖に申し訳ない。そう思えてしまうのは、俺自身に問題(偏見、先入観だったり老い)があるかもしれないが、このところ面接に同席する若い社員連中も皆同じことを言うのであながち間違いでは無さそうだ。特にここ2,3年その傾向が非常に
書店は中間搾取業であるhttp://akiou.ldblog.jp/archives/31420821.htmlこのブログ記事が書店員には憎しみをもって、出版関係者には共感をもって捉えられている事実が示す通り、書籍の流通においてもっとも無駄なコストは書店流通のコストだと考えられている。既存書店への非難は喧しく、それに対抗して書店への愛を語る方もカルト宗教の様相を呈している。だが、書店がもっとも無駄なコストだという常識は本当に正しいのか?もっとも無駄な中抜き業者が書店である事実は疑いようもない。出版社・印刷所・取次のどこが欠けても本は出ないが、書店がなくても本はAmazonで売れる。ドラスティックな構造改革を妄想すれば別として、現状で欠けても困らないのは書店である。しかし、それは「中抜き」に限った話。最上流には著者、最下流には読者がいるではないか。実は、もっとも無駄なコストは旧態依然の著者印
以前ネトゲが1000時間だの2000時間だのをあっという間に吸い尽くす極悪の娯楽として挙げられていましたが、 ニコニコ動画やpixiv、ピアプロの隆盛で一気に認知されることとなった「創作行為」も凄まじい勢いで人生有限の可処分時間を吸い取っていきます。 以下に理由を挙げていきます。 ■1.土俵に上がるまでの時間が凄まじくかかる 趣味で創作をすると言っても、ネット全盛の今の時代。少しは他人に評価されたいと思うでしょう。 作った作品を全て非公開にしているような人は希少種です。 そんなわけで、人の評価を得ること=人との競争です。 梅田望夫がかつて語った「高速道路効果」は今でも顕在で、プロは勿論、素人アマと競うことですら、今は前提とされるスキルレベルの平均が上がりすぎています。 pixivで高校生・大学生ユーザーが商業ラノベ絵クラスの絵をホイホイ描いているのがいい例です。 彼らはアマですが、ド素人が
コミックLOでペドロリキモデブの二人組がワゴンに幼女連れ込んでレイプする話があった気がするけど、実際にはあんな集団行動できるペドはいない気がする。いつだったか、少年と青年男性数人でワゴンに乗って、会社帰りの女性とか女子高生を車に引きずり込んでレイプした事件が何回か報道されてたけど、どう見ても犯人はヤンキーDQNですありがとうございます、だった気がする。 ところで、俺は輪姦ネタってまったく興奮しない。逆に反吐が出るぐらい嫌悪感がある。そもそも、俺の前にチンコ入れた奴が目の前にいる訳で、その後の穴に挿入する、所謂穴友達、通称「アナトモ」になるわけで、それって嫌、耐えられない。だけど、斎藤環がヤンキーの説明書いてるの見て納得した。 環ちゃんが言うには、ヤンキー文化ってのは日本では賞賛される。海外では犯罪者扱いされることでも、日本では、「やんちゃ」してました、ってのは大人への階段みたいに思われてる
二次元は三次元よりすごい!癒される!夢がある!的なことがよくネットで言われてるから、 試しに無料の女性向け恋愛シミュレーションアプリをやってみたんだけど、全然面白くなかった。 キャラクターの見た目はイケメンだし、女が喜ぶシチュエーションを用意して、女が喜ぶセリフをバンバン言ってくれるけど、 巷で言われているようなドキドキ感は一切無いし、キャラクターへの愛着もまるで湧かなかった。 ストーリーの荒さやキャラクターの幼稚さが問題なのだと思う。 万事、主人公にとって都合が良すぎて、バカバカしくてときめくどころか苦笑いしか出てこない。 キャラクターのセリフもなんだか薄っぺらくて、愛情の対象にするには深みが無さ過ぎる。 恋愛を知らない女子中高生がこれに大喜びするのは納得が行くけど、いい年した大人がコレにハマるのはどうかと思った。 現実逃避がダメとかじゃなく、コンテンツの質の問題。大人の視聴に耐えうるも
http://anond.hatelabo.jp/20120828200034 少しだけ書き足すつもりが長くなってしまった。 当初言いたかったことをより簡単にまとめていく。 彼の曲を聴いてすぐわかったのは「彼が満足に楽器を演奏できる人間ではないだろうな」ということだ。 もちろん、せいぜい彼のシンプルな自作曲くらいなら弾けるかもしれないが。 彼はおそらく生楽器ひとつだけで満足に作曲も演奏もできないだろう。 演奏の技術レベルを問いたいわけではなく、それ以前の程度で「演奏ができない」はずだ。 私はそういう作曲家がいてはいけない、などと主張するわけではない。 当初書いた通り、機械での様々な試行錯誤の果てに楽器演奏の限界を越えた表現が提示される素晴らしさがデジタルミュージックにはある。 そういう音楽がもう四半世紀以上も私たちに音楽の新しい楽しさや心地よさを提供しているのは言うまでもない。 しかし現代
その言動が幼稚すぎて今話題になっている作曲家、菊地創が自画自賛している曲eufonius 「Idea」を聴いた。 曲を聴いてすぐわかった。 この人は楽器が弾けない人なんだ、と。 おそらく「さわれる」レベルでキーボードくらいなものだろう。 (電子鍵盤は指を押し当てるだけで音が鳴るから、作曲初心者にはもっとも容易い) だが決して「弾ける」というレベルに扱える楽器は菊地創にあるまい。 彼はライブでも両手で弾くようなパフォーマンスはできないのではないか? ある程度、音楽をきちんとやっている者なら簡単にわかることなのだが、 全く楽器を弾けない人の作る曲には特徴があって、すぐに判別がつく。 音楽的な美しさがない。あるいは欠けている。 この場合の「音楽的な美しさ」とは何かというと、それは「響き」である。 例えば“ただ音が鳴っているだけの状態”を「音楽」と定義出来るかどうか? 生まれて初めて玩具のピアノを
http://twitter.com/hbkr/statuses/13862013553872897 もっと目立ちたい、有名になりたい、女にもてたい、そんな感じが滲み出てるところが、えがちゃんの好きなところ。人にもよるけど、そういったこんにゃろ精神がベンチャーには必要でしょ。ロックみたいなもん。なんでみんな隠すかな。 今どき、有名になるって何(笑)? タレントみたいにテレビにでる?ホリエモンみたくなる?で、、、その先に何があるの??? っていうのが今の時代の前提的な空気かと思うんだけど。。。 そういうものに対してのカウンターカルチャーとしてソーシャルメディアみたいなものが隆盛してきたわけで、 そのど真ん中にいる風なあなたが何を言ってるのと。女の子は実はみんな「坂口」やら「はあちゅう」みたいになりたくて、 男はみんな実は、「えがちゃん」やら、あるいは「悪ふざけ社長()」になりたいと本気で思っ
馬鹿じゃねーのって思う。 たかが一票で何が出来るよ。 不満があって、投票して、それで何か解決したことあるか? 他にやることあるだろ。 学生時代から選挙活動に出入りして、お茶くみバイトからのし上がれよ。 キャリア官僚になれよ、政治家をあごで使えるくらいに出世しろよ。 大企業でトップまで勝ち抜いて、財界の顔役として政治家にタメ口きけよ。 超高効率でハイパークリーンな発電システムとかさ、何かすごい発明しろよ。すべての議員が土下座して泣いて感謝するレベルの。 コネ駆使て党に出入りして、口八丁で政治家のブレーンとかになれよ。いっそ政治家なっちゃえよ。 起業して三四発当てて、政治家をダースで買収しろよ。 ルソー入った。「投票による共和制は貴族制と同じ」。 投票だけして満足してんじゃねーよ。
就活スレにいくと必ず見かける文言 「これだけ落とされると、『キミは社会には必要ない』と言われているような気がしてしまって、完全なる自信喪失です」 これ見るといらっとするなぁ。 自信喪失したらええやん。というかなんで君ら自分に自信があるのか全くわからん。 経験をいかせる職業につく人ならともかく、 自分の大学の勉強やら経験が役に立つわけでもないところにつくわけだから 少なくとも能力とかは必要とされてないよね。 まさかと思うけれど「今の自分自身」を必要としてくれる企業がどこかにあるとでも思ってるんだろうか。 ねーよ。 そうじゃないだろ、そういう自信なんかないのが当たり前でしょ。 むしろ自信喪失でき多分、現状認識に近づいてよかったじゃないか。 自信満々のやつはまだ鼻へし折られてない分だけ、君より遅れてると思えばいいのに。 なんかね、友達とつるんで就活してる甘甘な人たちが 喫茶店とかで「駄目だったー
「twitterで言うなよ」 って言われたから増田に書いてやんよ!! わたしはtwitterで恋してた。 相手は自分が童貞であることを自虐的にネタにするような人だった。 「俺は童貞だから…」 とか 「俺は非モテだし…」 とか良く言っている人だった。 だけど、非モテと言っているわりには女の子達とも普通にリプライしあってたし、そんなに非モテには見えなかった。 わたしもよく彼にリプライしたし、彼もよくリプライをくれた。 気づくとわたしはtwitterをする時にはまず彼のpostをさがすようになっていた。 たぶんこの時すでにわたしは彼のことを好きになっていたんだと思う。 そんなある日、オフで彼に会う機会があった。 数人でご飯を食べに行くだけのオフに、彼も当日になって参加表明し会えることになったのだ。 すごくドキドキしながら待ち合わせの場所に行くと、そこに彼はいた。 twitterで「俺服とか自分で
みんなホイホイ署名しすぎじゃね? 署名ってそんな軽い気持ちでいいのか? そんな軽い気持ちで書いた署名に力があるとでも思ってるのか? 正直いって署名したやつも実際どういう問題なのか把握してないんじゃないの? まあ、俺も把握してないんだ。だからみんなの代わりに調べてみたよ。 詳細は長いので下に書くけど、俺がこの署名活動について調べて思った結論は、 「薬の非保険化を拡大解釈しすぎじゃね? これから具体的に議論していこうって「方向性」が決まっただけなのに、 署名活動とか早急すぎね?」 ってことだ。じゃあそう思った経緯と調べたことを書く。 発端 そもそもの署名活動がいっせいに広まった発端としてはこれだ 「漢方処方が日本からなくなるかも知れません」 http://lolocaloharmatan.seesaa.net/upload/detail/image/IMG_0003-af1d4-thumbna
http://anond.hatelabo.jp/20091027181046 本屋に並ぶような物とタメを張る、だって? あれとタメ張るのが目標なんて言うんじゃ、まぁ、底が知れてるな。 今に限らず、ラノベは所詮、ラノベ。 多くの読者……オタクにとって、エロマンガと同等程度の地位のものでしかない。 書いてる方だって、本当は、下らないと思ってるよ。 それでも俺たちクリエイター系列の人間にとって、読者はお金を恵んでくれる有り難いお客様だからな。 ウケているものを分析して、ライトノベルサイトをチェックして、その結果出て来たのが 「読み易いというよりは子供でも読める文章」 「オタク的な一発ネタ」 「中高年のオタクから見た自己啓発・自己肯定」 「中流で育った中高年が望む『中高生』の姿」 ラノベで文章力なんかがウリになっている訳ないだろ。 ラノベサイトの奴ら、中学生の教科書に載ってるような小説程度で悲鳴
(22:56 追記) (ご指摘がありましたので、誤字脱字を含め文面全体を修正しました。それによって以前の文章と文意が異なる箇所が出てくると思いますが、それは私が言い合いについて感情的にならずに出来るだけ客観的になろうとした為です。 ですが、この文章を書いた動機であり目的である「こんな腹の立つヤツが居るんだけど、みんなどう思う?」という部分については一切、変わっていません。この文章を書いた動機、目的についての批判は真摯に受け止めたいと思います。) 昨日、一緒にゲームを作る事になった男の子とゲームに使う画像の取材に出かけた。その取材の帰りに一緒にご飯を食べることになったのだが、その食事の席で些細な話から言い合いになった。18歳と25歳の醜い言い合いは、僕の完膚無きまでの敗北で終わったしまったが、彼は負けてしまった俺に対して「薄い人間だなぁ」と言い放った。 < 彼はこのゲームで、立ち絵やイベント
先駆者としての手塚治虫には敬意を払いつつも、この人のマンガを面白いと思った事が無い。マンガがまだ「ガキの読む物」「悪書」だと言われていた時代の人だ。当時の漫画家の地位なんて今とは比べ物にならない。競争相手なんて(今と比べると)居ないも同然の時代なら、ちょっと本気で取り組めば何を描いても「斬新」で「一番乗り」が簡単に出来た。やりたい放題がそこそこ許された時代だったはず。(同じ理由でガンダムの監督の人もそうだと思うんだよね。それなりにやりたいようにさせてもらえた時代であれば、今でも成功する人間は沢山居ると思う) ただ、手塚治虫というクリエイターに匹敵する人間は存在しないのかといったら、多分、全然そんなことは無いと思う。「神様」と担ぐ理由って、別に手塚治虫に心酔しているからではなくて、マンガ界の象徴であってほしいという、もっと利己的な理由じゃないかなと思う。 文化に偉人は付き物だもんね。マンガに
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