TRPGに限った話ではないけれど、どうして自分と考え方が違う相手を叩き潰さないとというか扱き下ろさないといれないのかな、という疑問。それまでの環境だったり経験だったり、全く同じって人はまず居ないだろうし、趣味嗜好というのも当然異なってくるものだと思うのだけれど、それというのはベクトルの違いで、上下があるものではないと思う。 数年前から静岡に戻りTRPGのサークルの例会にも参加していたけれど、一方では煮え台詞至上主義で、一方では単純なアンチFEAR。煮えた台詞を発言することが、台詞のない行動演出の上位になると思わないし、もちろん逆でもないと思う。D&Dなどの古いTRPGと、FEARの新しいTRPGでは、得意なポイントが違うのだから、好みこそあれ、上下などあるはずもない。 で、あれど、現実は、脈絡のない煮え台詞が言えることが上級者だという高飛車と、昔は良かったという極端な懐古主義。自分はちょう