ブックマーク / shinzor.hatenablog.com (3)

  • 悪しき相対性理論 - shinzorの日記

    sivad ?@sivad 自然放射線や医療被曝を引き立て役にもち出して他の被曝を「とるに足りない」と印象づける手法は、放射線の影響をできるだけ少なくしようという前向きの姿勢とは言い難いものです。私はこうした自己弁護的な姿勢を、「悪しき相対性理論」と呼んでいます。http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/ka/49.html … 「悪しき相対主義」は私も使うけど,「悪しき相対性理論」は初耳です。どういう比喩なのか皆目わかりませんが,前半に書いて有ることは,定量的考察を否定し,定性的に善悪を決める二分法です。そこから推し量ると,定量的考察を「悪しき相対性理論」と呼んでいるようです。 善悪二分法とは,原発由来の放射線は程度に関わらず悪なので,できる限り少なくしなければならないというようなもの。輸入牛肉は悪の危険なので,できる限り検査して汚染牛肉をできる

    悪しき相対性理論 - shinzorの日記
    inukorori
    inukorori 2013/07/28
    "自分の受けた被害を客観的に認識しないのでそういうことになる"私が私の受けた被害を客観的に認識すべきか、すべきだとして可能か、という問いを返すことは可能。
  • 不公平を内在する原発(2) - shinzorの日記

    原発の事故被害額の期待値は小さい 話を原発に戻します。原発の事故による被害の期待値(平均値)は小さいです。今までの原発災害での被害者は非常に少なく,他の発電方式の方が遙かに危険です。そして,万が一の事故でも,国の規模であればおそらく耐えられます。だから,国策としては原発は推進した方が得なのです。しかし,電力会社には耐えられないようです。そこで,大事故の際は原子力災害賠償法などで,国が電力会社を支えることになっています。原発は一民間企業にとってはリスクが大きすぎて,事業として成立しないという事でしょう。実態は国策として事業を行っている国営事業ではないかと思います。 つまり,国は,原発が事故を起こさないと考えているのではなく,ちゃんと事故の想定をして,賠償金のことも考えているのです。それでも国なら耐えられるし,長い目で見れば得であるという判断があります。ところが,原発が立地する自治体にとっては

    不公平を内在する原発(2) - shinzorの日記
  • shinzorの日記

    ameblo.jp ■ 「は」の重複 「私は、酒は、飲む。」 この文をワードに入力すると、表現の推敲に引っかかって二重アンダーラインが付けられてしまいます。右クリックすると「助詞の連続」と表示されます。文法的に間違いではないと思いますが、稚拙というか違和感がありますね。何故でしょうか。主語(正しくは主格)が二つあるからと考える人がいますが、少なくとも、「酒」は主語ではありません。「酒」は、「飲む」の対象ですからね。主語にするなら「酒は飲まれる。」でしょう。 ■ 題説構文 一方、「私が酒を飲む。」なら至って普通の叙述構文です。また「私は、酒を飲む。」や「酒は、私が飲む。」という文も普通です。後の二つの文は、題説構文と言われます。「私は」や「酒は」は、主格ではなく題目部で、係助詞「は」で示されます。その後に題目についての解説部が続きます。 題説構文は、自問自答のようなものです。「私について解説

    shinzorの日記
  • 1