ラディカルな傑作”NEW YORK”で写真界に衝撃を与え、それに続く都市をテーマにした写真集”ROME”を出版したウィリアム・クラインは、1962年2月に来日し、約一ヶ月の滞在の間精力的に東京の街並を撮影し続けました。彼の撮影する都市は躍動し、風景としての美しさよりも、そこに生きる人々の狂騒的な動きやエネルギーのぶつかり合いにクローズしたもので、それぞれの写真集となった都市の住人が彼の写真を見ればなにかをアンダーカバーされたような衝撃を受けたことでしょう。労働闘争にアヴァンギャルド演劇、相撲取りや野球選手、破れたポスターに浮浪児さながらの子どもたち。その中でも一際異彩を放つのが、壁面に向かって拳を打ち付けるモヒカン刈りの男と、パンツ一枚で不動産売買の看板を掲げ、奇妙なポーズをとる舞踏集団です。前者は「ネオ・ダダイズム」を掲げ、アヴァンギャルドな芸術活動を展開した「ギューちゃん」こと篠原有司
昭和を駆け抜けた天才編集者、プランナー大伴昌司は、1936年2月3日生、1973年1月27日没であるから、あたかも生誕75年、没後37年になる。私は最近「ミステリマガジン」に連載中の回想録「幻島はるかなり」の中で、この畏友について度々ふれているが、以下に再録するのは竹内博編『証言構成 OHの肖像』(飛鳥新社、1985.11刊)に際し、「週刊読書人」に寄せた書評である。 ちょうど1年ほどまえ(1984)の11月、NHK教育テレビ(ETV)で放映された「少年誌ブームをつくった男・大伴昌司」が異例の好評で、旬日を出ずして三回もアンコールされたと知ったとき、私は時代がまた一転回を遂げて、大衆文化が自らのアイデンティティーを強く求める時代に入ったことを直感し得た。本書はそのエコーとして企画されたもので、大伴昌司の晩年の弟子筋で気鋭の大衆文化研究家による、斬新なヒューマン・ドキュメンタリーである。 い
四至本 八郎(ししもと はちろう 1891年8月1日 - 1979年10月8日)は国際ジャーナリスト。 大阪府泉南郡岬町出身。早稲田大学を卒業して渡米し、ロサンゼルスの新聞社に勤務。20年に及ぶ滞米経験を持つアメリカ通として知られた。1931年、渡米した竹久夢二の展覧会開催を助け、絵の売り込みを手配。竹久から大いに感謝される。 1933年、『是でも米国か』『テクノクラシー』『頭脳(ブレーン)トラスト』などの著書を刊行、ベストセラーとなった。近衛文麿内閣がブレーンシステムを組織したのは『頭脳(ブレーン)トラスト』の影響だったといわれており、実際、四至本は近衛のブレーンをつとめた。 1936年、日華事変による日米関係の悪化を修復するため、国民使節として芦田均と渡米。 1938年、商工省の出先機関であるメキシコ貿易斡旋所長として、妻子と共にメキシコに赴任し、日墨貿易の振興に尽力。 1941年、帰
ジャズはアートなのか? それともエンターテイメントなのか? この問いに対する「アートであり、エンターテイメントでもある」という答えには、何の不備もないように思ってきた。しかし、本書『汎音楽論集』を読み、改めて問い返された。ジャズはアートなのか? アートだとすれば、どのようなジャズがアートなのか。 ジャズレジェンド・高柳昌行の言行録 「高柳昌行」と聞いて、読者の皆さんの脳裏には何が浮かぶだろうか? おそらくもっとも多くの方々の頭に浮かぶのはギター4台をモーターで自動演奏しつつ、金属の棒などで弦をはじき、今日のノイズミュージックのさきがけとなった、過激なフリーアプローチに至ったアーティストの姿ではないだろうか。 昨年12月に月曜社より発行された『汎音楽論集』(高柳昌行著)は、1991年に亡くなった高柳の生前の執筆物をまとめたものである。演奏の過激さと同じく、舌鋒鋭く音楽家、批評家はもちろん、マ
Copyright(C) 2010 Ohta Publishing Co.,Ltd. All Rights Reserved
日頃より楽天のサービスをご利用いただきましてありがとうございます。 サービスをご利用いただいておりますところ大変申し訳ございませんが、現在、緊急メンテナンスを行わせていただいております。 お客様には、緊急のメンテナンスにより、ご迷惑をおかけしており、誠に申し訳ございません。 メンテナンスが終了次第、サービスを復旧いたしますので、 今しばらくお待ちいただけますよう、お願い申し上げます。
ケネス・アール・ウィルバー・ジュニア(Kenneth Earl "Ken" Wilber Junior, 1949年1月31日 - )は、現代アメリカのニューエイジの思想家、トランスパーソナル心理学の論客、哲学者。アメリカ合衆国、オクラホマ州生まれ。心理学の範疇を超えたアメリカを代表する哲学者で[1]、インテグラル思想の提唱者である。東洋の思想と修行の影響を大きく受けており、東洋の宗教的な知見、霊的発達の思想と現代心理学を総合的に統合するという巨大な試みを成し、「フロイトとブッダを結合させた」というキャッチフレーズで知られている[2][3]。 23歳の時に、トランスパーソナル心理学方面の様々なセラピーや古今東西の宗教思想とを鳥瞰図的に組み合わせ、わかりやすくまとめた第1作『意識のスペクトル』を公刊してベストセラーとなり、一躍時代の寵児となった[1]。トランスパーソナル心理学の代表的論客とし
コンテンツへスキップ ビジネス 私たちの生活に欠かせないプラスチック。そ もっと読む 美容 エステティシャンは、美容業界の中でも人気 もっと読む ライフスタイル こんにちは!投資信託の世界に興味を持ち始 もっと読む ライフスタイル 医者になる夢を抱いて、私は医学部予備校の もっと読む 美容 こんにちは、美の魔法使い、たかの友梨さん もっと読む
RING RING RING 【『ヤーディ』の巻】 今回は自分で翻訳した小説について書かせてもらいます。しかし、『Riddim』の読者のみなさんにも興味を持っていただけるのではないか?と思います。 今回僕がとうとう終了した翻訳は、1992年に出版された『Yardie』(The X-Press Limited)の翻訳です。主人公、D.によるイギリスでの冒険はこのあとの2作、1993年の『Excess』、そして1994年に出版された『Yush』まで続きますが、とりあえず、『ヤーディ』だけでも独立した小説として読むことができます。 ジャマイカからの移民でごったがえすヒースロー空港の描写から始まり、その後スピーディな展開を見せるこの物語は、たしかにジャマイカン・ギャングスター・ノヴェルである、と言えます。いわゆるパルプ・フィクションですね。しかし、この小説にはそれを越えた魅力が備わっていて、それゆ
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く