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2017年2月15日のブックマーク (6件)

  • 闇のDevOps DevOpsと業績評価 – ところてん – Medium

    ここから、DevとOpsが協力すればより効率的になる=DevOps、という言葉が生まれました。 当時は大企業においてはDevとOpsが分かれていることが当たり前だったのです。そして、大企業における当たり前が、当たり前ではないことに気付き始め、DevOpsを実現するためのツールができ始めたころでもあります。 ではなぜ、大企業ではDevとOpsが分かれているのが当たり前だったのでしょうか? ハードウェアの時代その昔、産業の主役はハードウェアでした。 そのため、多くの企業はハードウェアを作ることに対して最適化が行われました。 ハードウェアには研究開発、製造、運用サポートといった大きな区分けが存在します。そして、それぞれの仕事において要求する人材レベルは異なります。 加えて、大量生産された製品の運用サポート(設置作業員、サポートセンタ)には、大量の人員が必要になってきます。 したがって、組織を研究

    闇のDevOps DevOpsと業績評価 – ところてん – Medium
    isrc
    isrc 2017/02/15
    発時の初期におけるOpsの手作業で行われる業務の多くをDevが取り扱えるようになりました/Opsがプログラミングによって自らの仕事を減らすのもアリだが、プログラミングのできるOpsが少ない
  • 官能小説をKindleで自主販売して一月経過したのでデータの御開帳(くぱぁ)*追記あり | わんだふるーの!

  • この国のかたち 3人の論者に聞く:考える広場:中日新聞(CHUNICHI Web)

    父の仕事で幼いころはパリとロンドンに住んでいました。昨年、アムステルダムとベルリンに行き、欧州と日の違いを感じてきました。「公私」の優先順位で言えば、「私」が先なのが欧州。日の場合は「お上」が決めたことに従って皆が生活していくという感じです。 加えて、日には、もともとコミュニティーというか、向こう三軒両隣というのがあった。それを無理やり西洋化しようとした結果、隣に誰が住んでいるか分からず、例えばごみ収集のルールが守られなくなりました。分断された。弱い個がひたすら並んでいるだけの集合体で、社会とすら言えない。

    この国のかたち 3人の論者に聞く:考える広場:中日新聞(CHUNICHI Web)
    isrc
    isrc 2017/02/15
    一人当たりの生産性ではスペインやイタリアより低い/日本人の現状認識は、甘いように感じます/日本の企業は市場と対話せず、自分たちが作りたいものしか作らない/改善点を指摘すると反発されることが多い
  • 「平等に貧しくなろう」上野千鶴子女史の記事炎上から何を学び考えるべきか(山本一郎) - 個人 - Yahoo!ニュース

    isrc
    isrc 2017/02/15
    発想するべきは「今より良い社会」よりも「どう悪くなる部分を受け入れるか」「少しでも良い部分を遺して次の世代に引き継げるか」にシフトしている
  • 長文日記

    長文日記
    isrc
    isrc 2017/02/15
    「諦めなければ夢は叶う」という言葉を誰に対して放つかと考えると、諦めるべき人に対して、なお夢を追い続けよと脅迫しているに等しい
  • 北朝鮮の揺るぎないバッドエンド感 : やまもといちろう 公式ブログ

    亡くなった金正男さんは外交や情報的には「終わった男」であって、特にこれと言った価値もないとされていた、ただし優秀で洗練された人物ということでした。それが、突然クアラルンプールで女性スパイ二人に殺害されるという事態になって、改めて北朝鮮の異常性や、目的の読めなさみたいなものを周辺に振りまいているんですよね。 その意味では、ミサイル発射実験よりも金正男さんが殺されたことへの衝撃は大きいと思います。 何より、現在もまことしやかに流れていますが、金正男さんの後ろ盾が中国で、現独裁者の金正恩さんの体制に介入して打倒後、正男さんを支配者に立てるつもりがあったのではないか、という風聞があります。もちろん、事実関係はそのような後ろ盾による保護などなかったからこそ、正男さんの行動が割れ、空港という公共の場で殺されてしまったことになるわけですが。「なぜ、いま正男さんを殺すのか」を考える上では、ひとつの筋道では

    北朝鮮の揺るぎないバッドエンド感 : やまもといちろう 公式ブログ
    isrc
    isrc 2017/02/15
    異常性という点では、単純に親族殺し、後継者争い含みの疑心暗鬼という動機だけでなく、執行するにあたって自殺や事故を装うことさえもしなかったという点