言葉に憑かれた人たち - 人工言語の地平から4 文字は事物を正しく表わすか かなの秘密に気づいた日 私は旅行するときには、旅日記をつけることにしている。どこに行き、何を見て、何を食べたかという旅行の記憶は、数年経つと驚くほど薄れてしまうものだ。大きな旅行のときには、ノートを一冊持っていく。数日の旅行のときには、部屋に備え付けのホテルのメモ用紙に走り書きして、家に帰ってから清書する。このように記憶を長期間保存しておくことができるのが、文字のおかげであることは言うまでもない。 習慣となった旅日記の効用で、日付まではっきりしているが、それは一九八九年四月四日のことであった。復活祭の休暇を利用して、車でスイスとイタリアの旅に出ていた。早朝ルツェルンの町を出立して、高速道路二号線に乗り、一路南をめざす。正面にはアルプス山脈がそびえている。一七キロもあるサン・ゴタールのトンネル