津波避難の心構えとして提唱された「津波てんでんこ」。おのおの、めいめいという意味があります。東日本大震災や福島第一原発事故と向き合う被災地の動きを追い続ける朝日新聞の連載「てんでんこ」から、ある町長の「遺言」になった話をまとめてお伝えします。 遺言 真夏日だった。気温31度。 強烈な太陽光に照らされて白く見える街の中へ、黒塗りの霊柩(れいきゅう)車が駆け抜けていった。 「町長、ありがとう」。静寂の中で響くクラクションの音を追うように、斎場に詰めかけた約1千人の町民らから声があがった。 福島県浪江町の前町長、馬場有(ばば・たもつ)の葬儀は2018年7月3日、浪江町の北隣の南相馬市で営まれた。享年69歳。 東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示が解除されてから約1年3カ月、町内にはまだ営業を再開した斎場がなかった。 苦悩に満ちた晩年だった。 浪江町は第一原発の北8キロに町役場を置く。馬場はその