著:琥珀 喰人 序論:問題の所在私見ながら、映像批評には、有機的な繋がりを至上の価値とする根深い偏向が存在しているように思われる。 この偏向は二つの水準で作動している。 第一に、キャラクター・アニメーションの水準。滑らかで有機的な動きを持つ作画こそが正統であり、コマ間に跳躍を含む抽象化された作画は簡略化=劣化として位置づけられる傾向がある。 第二に、編集=モンタージュの水準。カットを割らずに連続性を保つ長回しや、エスタブリッシング・ショットによる空間の一覧的提示こそが映像の理想であり、カットの切断によって行動を個物化し、断片を接合する操作は映像の有機性を損なうものとして不信の目で見られる傾向がある。 映画論において、この偏向の結晶としてまず参照されるのは、アンドレ・バザンの議論だろう。 ただし、バザン自身の議論は「モンタージュ・アンテルディ(禁じられたモンタージュ)」として知られる通り、そ

