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2008年11月10日のブックマーク (6件)

  • 明後日から一ヶ月、検索エンジンを使わない。 - 真性引き篭もり

    明後日から一ヶ月、検索エンジンを使わない。 明後日から一ヶ月、wikipediaを見ない。 明後日から一ヶ月、動画サイトを見ない。 明後日から一ヶ月、オンラインブックマークを見ない。 明後日から一ヶ月、Twitterを見ない。 明後日から一ヶ月、ブログを読まない。 というのを今決めました。僕は気です。

    jingi469
    jingi469 2008/11/10
    3度目か。開始できそうにないなw
  • 長島☆自演乙☆雄一郎オフィシャルブログ powered by Ameba

    YOUICHIRO☆JIENOTSU☆NAGASHIMA Official Blog しがないヒッキーがアニメに目覚め格闘技に出逢い非日常が日常になった。 そんなやつの、非日常な日常。 「K-1 WORLD MAX 2010 日王者 初代ニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)スーパーウェルター級王者 その他戦績&メディア出演履歴はルームにあります スポンサー、キックパンツの協賛企業、その他色々な形で 応援して下さる方を募集中です.魁塾までメールください ファンレターの宛先は 大阪府生野区巽北三丁目14番3号 コスモビル201号室 魁塾 によろでーす^ ^ お仕事の出演依頼等は info@amuleto.jp までご連絡下さい。

    jingi469
    jingi469 2008/11/10
    突き抜けすぎだwww
  • パチンコホールが日本から消える日 不動産より深刻、店舗数激減の裏側 | JBpress (ジェイビープレス)

    「2007年 ・・・1万5000店」「2008年 ・・・1万2000店」「2009年 ・・・8000店」──。 ある経営コンサルタントが集計・推計したデータが手元にある。昨今の世界的な金融危機のあおりを受け、新興の不動産開発会社(デベロッパー)を中心に不動産関連企業が大量に淘汰されているのはご存知の通り。しかし、不況のどん底にある不動産よりも一層深刻な業界がある。 冒頭の数値は不動産業界をはるかに凌ぐペースで倒産・廃業が続出していることを雄弁に物語っている。 この業界こそ、駅前商店街や郊外商業地に必ず1軒や2軒は存在する庶民の娯楽、パチンコホールなのだ。ホールの経営破綻が主要メディアをにぎわす機会は極端に少ない。ただ、店舗数の多さ、利用者の裾野の広さは無視できないものがある。まして、これが地銀を中心とした中堅中小の金融機関の足かせになっているとしたら、なおさらだ。 逆風と大津波、負のスパイ

    パチンコホールが日本から消える日 不動産より深刻、店舗数激減の裏側 | JBpress (ジェイビープレス)
    jingi469
    jingi469 2008/11/10
    心情的には明日にでも消えて欲しいんだけど、そうすると辛うじて生き延びてるゲーム会社達も一緒に倒れてしまいそうなのがなんとも。
  • 日雇い派遣労働者として体感した日本型貧困の実態 14年後の日本考(3) | MediaSabor メディアサボール

    今、日で最も社会的な論議のひとつとなっている日雇い労働者派遣問題。その実態はどうなっているのか。筆者は自ら日雇い専門の人材派遣会社に登録し、10月半ばの3日間、2004年の労働者派遣法改定で合法化された製造業現場での派遣就労を試みた。 これを通じて、「豊かな社会」の最底辺で生きる人々の苦悩、欲求、そして現代日の抱える固有の問題を体感した。生活苦から望んで残業する中年女性が目立ち、消費者ローンの返済で翌日の生活費の工面に必死の人もいた。フリーターと呼ばれ、その日暮らしをしているのは決して若者らだけではなく、むしろ中高年者が目立った。かつて大阪・釜ケ崎、東京・山谷に代表された、日毎に就労現場を変える日雇い労働者の群れは、今や全国津々浦々に広がっており、14年間不在した日社会の変容ぶりをまざまざと見せ付けられた。 ■人間ロボット 首都圏の郊外には品加工の下請け企業の集積する場所が幾つもあ

  • 「零点つけた」は間違い:イザ!

    jingi469
    jingi469 2008/11/10
    「審査委員には中山泰秀衆院議員が加わっていた。」議員まで居たのか・・・。
  • 日本の「盾」としての「村山談話」 - 雪斎の随想録

    ■ 金曜日に田母神前空将の論稿を題材にして産経新聞「正論」欄に原稿を載せた。中身は、ここで書いた二つのエントリーを元にしたものである。 予定通り、産経新聞が運営している「iza ブログ」界隈では、不評である。四月末には、「さじをなげたく」なったものであるけれども、今は、「そういうものであろう…」という諦念が先に立っている。 ただし、産経新聞というメディアにおける「多様性」を世に示そうとするならば、雪斎のように、「正論左派」でやっていくことの意味は、決して小さくない。「正論」欄という論説欄に書き始めたのは、もう10年も前である。過去十年の間に書いた原稿は、既に120は超えるであろう。10年前に「異例の若さ」で迎えてもらい、その後、今に至るまで最若手の一人である。「よくも続いているな…」と思う。 「正論左派」を標榜する雪斎が倣いたいと思っているのは、「正論」欄の第一号執筆者である猪木正道京都大

    日本の「盾」としての「村山談話」 - 雪斎の随想録