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叱るに関するk_yamoriのブックマーク (3)

  • 「くさらせる叱り方」にかわる20の方法

    子どもが分かっているとき/「穴埋め」させる どうすればいいか/なにをしてはいけないか、大人が思っているよりは、いくらか/ずいぶんと、子どもは分かっていることが多い。 子どもからすると、分かっていることを言われるので、くさる。 しかも大人は、必要以上のことをいろいろ言いがちだ。「××してはいけない」というかわりに、たとえば「××するような奴は……になるぞ」みたいなことを言ったりする。 大人からすると、言っても聞かないから、もっとひどい言い方をしているのだ、ということになる。しかし、言い方をエスカレートしても、効き目はすぐになくなる。さらにもっとひどい言い方をしたくなる。 「穴埋め」とは何か? 人は、他人に言われたことよりも、自ら口に出したことにコントロールされる。 「叱る」内容を、子ども自身に言わせる方法なんてあるのだろうか? 手はいくつかある。 「わざと間違える」というのがわかりやすいが、

    「くさらせる叱り方」にかわる20の方法
  • 「100点取れて、エライね!」がダメな理由

    勉強が楽しいとき親が褒めては逆効果 東大生は親から「勉強しなさい」とあまり言われないそうです。理由は簡単で、親に言われなくても勉強していたり、効率よく勉強し成績をあげている子が多いからでしょう。 しかし、彼らが親に強いられなくても勉強を続けることができたのはなぜでしょうか。 やる気を起こさせる基的な方法論として、「褒める」と「叱る」があります。「勉強しなさい」というのも「叱る」部類に入ると思いますが、「褒める」と「叱る」では、どちらが有効でしょうか。 マウスに迷路を学習させる有名な実験があります。「ゴールに餌を置いておく(=褒める)」、「道筋を間違えたら電気ショックを与える(=叱る)」、「正しければ餌、間違えたら罰を与える(=褒めたり、叱ったり)」という3つのパターンで実験を行うと、効率よく学習できるのは、「ゴールに餌を置いておく」だけなのです。 「餌と罰の両方」もダメで、罰が待っている

    「100点取れて、エライね!」がダメな理由
  • 「怒る」ということと「叱る」ということ - zekipedia

    ❏ ダンナが子供に怒らない このエントリ見て高校時代にあったことを思い出した。 どこの学校もそうかもしれないけれど、自分が通ってた高校では、日直が学級日誌を書くという決まりがあった。日誌には自由欄みたいなのがあって、その日あったことや思っていることを書くといった使われ方をしていた。まあほとんど真面目に書かれてなかった気はするが。 ある日僕が日直だった時、確か放課後だったように思うけど、クラスの担任が女子生徒を怒鳴りつけていていて、怒られた女の子は泣いていた。 その時点では事情はよく分からなかった(あとから直接聞いた)が、ちょうど日誌を書こうとした時だったので次のような文章を学級日誌に書いた。 「怒るということと叱るということは違う。怒るのは自分のための行為であり、叱るのは相手のための行為である。教育者がすべきなのはどちらだろうか。」 ずいぶん前の話なので、正確な文章は忘れてしまったが、概ね

    「怒る」ということと「叱る」ということ - zekipedia
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