自然に生じた吉凶禍福、これを道徳的に解釈するのは、原始民族の恐怖から起こった宗教心の遺伝で、要するに野蛮思想の発露である 造化の大脅威たりし今回の大震災について「◎◎と虚栄とで腐爛せんとした日本を天帝が首府東京を代表せしめて大懲罰を加へたのである」とか「この天誅を肝に銘じて大東京の再造に着手せよ」とか「神様の懲らしめを忘れてはならぬ」とか云った人もあるが、我輩はそれを冷笑に附して居る、自ら省て天罰と信ずる罹災者があるのならば、それも愚昧の仲間であるが、家を失い財を失い父に別れ子に別れ、夫に死なれ妻に死なれた者の中には、悪人も多かつたであらうが、又善人も少なくない、生存者悉くが善人ではなく、罹災者悉くが悪人ではない、然るにそれを一律に天罰なり天佑なりとするのは、自然の不公平を無視する善悪混合の大錯誤で、自然科学を解しない野蛮思想の有害論である 虚業家渋沢栄一が天誅説を唱へたに対し、文士菊地寛