プラトン―理想国の現在 [著]納富信留 「理想」という語は、明治の初頭にプラトンの「イデア」の訳として造語され、「観念」という訳語とともに爆発的に広まった。「理想」は今日では青臭い夢想か、「理想の家庭」「理想的な体重」といった豊かな社会の個人的願望の表現としてしか受けとめられないが、この語がたどった歴史をひもとけば、日本近代史の一路はあぶり出せるはずだ。 納富が本書で問うのは、プラトンの対話篇(へん)の頂とされる『ポリテイア』が『理想国』の表題で抄訳として出版され、続々と解説書が現れ、やがて戦後、それがアカデミズムの議論へと撤退してゆく過程とその意味である。 のちにマルクス主義哲学者となる古在由重と、戦後A級戦犯容疑者として公職追放されたのち総理大臣となった岸信介とが、ともに国家主義者・鹿子木員信のプラトン講義に大きな感銘を受けたと述懐していることは、この国における『ポリテイア』の受容のさ