福岡県筑紫野市教委は28日、同市の前畑遺跡で、丘陵の尾根に築かれた7世紀の土塁を約500メートル確認したと発表した。九州に置かれた出先機関・大宰府の政庁の南南東7キロの位置にあり、市教委は「大宰府一帯の南側を守る防衛施設の可能性がある」と判断している。大宰府の防衛については、周囲を土塁や山城で囲んでいたとする学説があり、今回の土塁はそうした研究に一石を投じそうだ。 土塁は標高61~49メートルの丘陵の尾根上にあり、南北約500メートルを確認。土塁は2段構成で下段の幅13.5メートル、上段の幅8メートル。上部は削られており、現存する高さは1.5メートル。2メートルはあったと推定される。砂や粘土などを交互に突き固める「版築(はんちく)」工法を使っていた。遺跡内で建物跡は確認されていない。東側が急斜面、西側が緩斜面で、東からの敵に備えたとみられる。