ただ世界でたった一人の「家族」と一緒にいたかった。台湾と日本、結婚できない「二人の男性」が辿り着いた場所 桜もピークを過ぎ、少しずつ散りはじめてきた4月中旬。私は千葉県内のとある駅の改札でその人と落ち合った。Gさんだ。 マスクをしたGさんは「花粉がひどくて」と言った。1969年に台湾の台北市で生まれ、今年で50歳になる。Gさんはゲイで、HIV陽性者でもある。 幼少期に自身がゲイであることを自覚した彼は、そのコンプレックスから何度も自殺未遂を繰り返し、家族とも疎遠になった。 1992年、23歳のときに逃げるように台湾を離れた彼が留学生としてやってきたのが日本だった。 1993年に再び観光ビザで日本にやってきた際、現在のパートナーである日本人のYさんと出会い、1994年にもう一度観光ビザで日本へ。それ以来、今までずっと日本で暮らしている。 日本出身のYさん(左)と台湾出身のGさん(右) 90年