「栄光なき天才」たち およそ試験が試験であるためには、次の二つの条件が必要です。 ①試験問題には事前に決められた一定の答えがあること。 ②出題者が受験者ではないこと。 この二つがそろわないと、試験すること自体が無意味です。 すると、受験者とは、あらかじめ答えを知っている者が出す問題を、いかに効率よく解くかの技術を競う人間ということになり、これは基本的な構図として、他人の支配や命令に手際よく従う能力を競うのと同じことになるでしょう。 ということは、試験によって計測するのに最も適しているのは、官僚か官僚的な(あるいは官僚化した)職業の場合です。私が思うに、「秀才」とはそのようなことに長けた「技術者」でしょう。 これに対して「天才」とは、すでにある「答え」を見つけるような人間ではありません。そうではなく、普遍的で根源的な「問い」を、彼の生きる時代と社会の課す条件の下、自ら取り組むべき「問題」とし