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2016年8月3日のブックマーク (3件)

  • 「不機嫌会見」から1カ月… 蓮實重彦さん、本音を語る:朝日新聞デジタル

    第29回三島由紀夫賞に選ばれた仏文学者で、映画評論家の蓮實(はすみ)重彦さん(80)。記者会見での“一触即発”の受け答えが、世間の話題になった。おめでたいはずの会見場の空気がどうして凍りついたのか。受賞作『伯爵夫人』に込めた思いは――。蓮實さんにあらためて聞いた。 先月16日に開かれた三島賞の会見で、蓮實さんは終始不機嫌そうだった。「お答え致しません」「馬鹿な質問はやめていただけますか」などと厳しい言葉を幾度となく発した。会見の模様はメディアを通じて広がり、三島賞は例年に増して世間の耳目を集めた。 会見直前、蓮實さんは版元の新潮社幹部に「この会見はの売れ行きに関係するんですか」と聞いたという。「そうしたら『関係いたします』とお答えになったので、『では、そのようにやりましょう』と。会見後、(幹部に)『お見事』なんて言われちゃいましたけれど」 会見が話題になるや、蓮實さんと新潮社が仕組んだ大

    「不機嫌会見」から1カ月… 蓮實重彦さん、本音を語る:朝日新聞デジタル
  • 小野田さん帰国 42年後の真実|NHK NEWS WEB

    太平洋戦争の終結を知らないまま、30年近くフィリピンのジャングルに潜伏を続けた旧日陸軍の元少尉、小野田寛郎さん。1974年、小野田さんが日に帰国したときは、日中が沸き立ちました。 小野田さんの帰国を巡って、日とフィリピン政府との間で極秘の交渉が行われていたことが、外交文書から新たに分かりました。さらに、この交渉を経てフィリピン側に支払われた3億円の資金を巡って知られざる事実が浮かび上がってきました。(国際放送局 照井隆文記者、広島放送局 関根尚哉記者) 残留日兵 小野田寛郎さん 7月23日、日とフィリピンは、国交正常化から60年を迎えました。太平洋戦争末期、最も過酷な戦場の1つとなったフィリピン。日人50万人余りが死亡、100万人を超すフィリピン人が犠牲になったと言われています。 当時22歳だった小野田寛郎少尉は戦争が終わったことを信じず、3人の仲間とともに、フィリピンのジ

    小野田さん帰国 42年後の真実|NHK NEWS WEB
  • 「自分がいないと仕事が回らない」と言う人は絶対ダメ! 三国志の英雄も取り組んだ「誰がやってもできる」仕組み作りの大切さ

    周りに「自分がいないと仕事が回らないから休めない」と言い張り、たくさんの仕事を抱え込んで忙しそうに仕事をしている人はいないだろうか。そういった人が増えると、特定の人しかわからない仕事が増え、いざ休まれたときに業務に支障が出てしまうケースもあるが、組織としては困ってしまう。 7月7日、はてなブログで「俺がいなければ職場が回らないって言う奴の無能率は異常w」という記事が投稿され、ネットで話題になっている。 「スティーブジョブスがいなくたってアップルは続くくらいだもんね」 俺がいないと職場は回らない、休めないんだー! ブログの筆者全マニシキさんは、社会人になってから「俺がいないと職場が回らない!」というタイプの人が気になるのだという。そのようなタイプの人間を「オレマワ」と称した。資格や人員の関係など一部の例外は認めながらも、オレマワタイプは人を信用しない独裁者的タイプや部下を育成できないマネジメ

    「自分がいないと仕事が回らない」と言う人は絶対ダメ! 三国志の英雄も取り組んだ「誰がやってもできる」仕組み作りの大切さ