村﨑太郎さん、49歳。職業は猿まわし師。村﨑さんが猿の次郎に語りかけると、次郎がさまざまな仕草で応える。村﨑さんの合図で、次郎が高くジャンプし、輪をくぐる。 猿まわしは千年以上の歴史をもちながらもいったんは途絶えてしまっていた。江戸時代以降は被差別部落民の生業(なりわい)として差別視されてもきた。猿まわしが最後まで残っていたとされる山口県の被差別部落に生まれ育ち、厳しい差別と闘ってきた村﨑さんの父は、高校2年だった村﨑さんに「猿まわしにならんか」と語りかける。「部落が誇る伝統芸能を復活させろ。そして太郎、部落が誇るスターになれ」と。 自分なりの考えもあり、村﨑さんは17歳で猿まわし師の道を選んだ。その選択は、被差別部落に生まれたことと切り離せない。小学校に入学した頃から、差別を否応なく意識させられてきた。人とのつきあい方や物事に対する考え方にも大きな影響を及ぼした。もがきながら生きてきた村