ブックマーク / nagaichi.hatenablog.com (2)

  • 南昌海昏侯墓の発見 - 枕流亭ブログ

    http://ex.cssn.cn/lsx/kgx/201511/t20151105_2560206.shtml http://www.jx.xinhuanet.com/news/focus/2015-11/05/c_1117045911.htm http://news.xinhuanet.com/shuhua/2015-11/13/c_128424359.htm http://www.chinatimes.com/cn/realtimenews/20151113004541-260409 江西省南昌市新建区大塘坪郷の墎墩山上で、2000年前の漢墓が発見されたというニュースです。墓の被葬者は前漢の「海昏侯」とそのです。『漢書』武五子伝に「其封故昌邑王賀為海昏侯,邑四千戶」とあり、また「元帝即位,復封賀子代宗為海昏侯,傳子至孫」というように、漢の武帝の孫の昌邑王劉賀が廃位後に「海昏侯」と

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  • 隋の煬帝の墓が出土 - 枕流亭ブログ

    ご無沙汰ぶりのブログで、わりとビッグニュースの紹介です。隋の煬帝の墓が江蘇省揚州市邗江区西湖鎮司徒村曹荘で出土したとのことです。 ↑今回発見の墓 揚州市は長江下流域の北岸に位置している古くからの都市ですが、隋のころには江都と呼ばれていました。南朝の文化を愛した煬帝は、たびたびこの江都に来ておりまして、最期を迎えたのもここでのことです。煬帝は江都に宮殿を建てて趣味全開の遊興三昧。晩年に華北の情勢が怪しくなると、江都から離れようとせず、そのために部下の宇文化及に殺害されております。 さてこのたびの出土品ですが、鎏金銅鋪首や金瓖玉腰帯といった文物が出ているようですが、やはり決定的だったのは、墓誌の発見ですね。 「隨故煬帝墓誌」(隨は隋と通字)というようです。墓誌中に「隨大業十四年」とか「帝崩于揚州」とかあって、決め手になってるようです。 ↑鎏金銅鋪首 ↑発見された墓誌 あと今回発見の墓の東側の墓

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    kinbricksnow
    kinbricksnow 2013/04/16
    決定的だったのは、墓誌の発見ですね。 「隨故煬帝墓誌」(隨は隋と通字)というようです。墓誌中に「隨大業十四年」とか「帝崩于揚州」とかあって、決め手になってるようです
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