弟に関するkintaorgHのブックマーク (4)

  • いい歳して親に泣かされた。

    というと語弊があるかもしれんが。 30にもなって、親の自分へのリアクションに傷ついて泣いたりとか、凄く子供っぽいなあ。自分でもう色々とあきらめているつもりだったので逆にショック。 自分、海外仕事してるのであんまり実家には顔出せなくて。心配はかけたくないので週に一回くらいは近況書いてメールしたり、写メ送ったりしてるわけですよ。 で、親から返信が来るのは、大体一ヶ月から二ヶ月に一度くらいかな。パソコンに疎いとかいうことではなくて、単に面倒みたい。ヤフオクや楽天でいつも買い物してるし、毎日PCに向かってはいるんだよね。 両親とも健在でフルタイムで仕事してるから、疲れてたりとかあるだろうと思って、質問してスルーされてもあまり気にしないようにしてたんだけど。 先日帰国したときに、「この間メールで写真送ったの見てくれた?」って聞いたら「メール開けてないから分からない」(でも他の友人とかからのメールは

    いい歳して親に泣かされた。
  • 父との霊的な出会い~拉致監禁体験記、番外編2~

    家庭連合のある教会で、総務部長をしている夫とその、夫婦で作るブログです。 拉致監禁体験者の立場で語る真実、文総裁ご夫の教え、平和活動、教会の行事、 講義ネタや、日常のぼやきまで…。統一教会と教会員のありのままを知ってください。 (08/09)「統一教会部をダンベリーに移す」 この名言が語られるようになった経緯! 《ダンベリー精神 》 (08/08)為に生き、伝道しているうちに、自分の悩みは解決されていく?! 《李ヨハネ先生》 (08/07)涙の出会いになる理由 「皆さんはとても幸せな息子・娘たち」 《霊性40修生へのみ言》 (08/06)牢獄の中で主を迎える?! 20世紀の春香は主の花嫁になれたのか 《金元弼先生のベストアンサー》 (08/05)とても陰気で不愛想、中流霊界以下の植物たち 《李相軒・霊界メッセージ》 (08/04)緊張のモスクワ入城、ゴルバチョフへのプレゼント

    父との霊的な出会い~拉致監禁体験記、番外編2~
  • 俺が誰かに言いたいこと

    どうでも良い話だし、誰にあてて書くでもない。 でも、自分一人しか知らないと悲しむ連中が居るので書いておく。 我が家は男ばかり3人兄弟だった。3人も男がいれば、近所でも学校でもそれなりに有名と言うか、 誰からでも「3人もいると将来楽しみですね」って言われる様な感じだった。 親父は自営業なので、「3人で跡を継ぐんだね」云々と言うのは、枕詞みたいなもんだった。 真ん中の兄貴が中学に入った頃から、何かが変わって来た。 真ん中の兄貴は剣道をやっていて、それなりに強かった。 ガタイもデカいので、ケンカも強い、そんな奴だったんだが、 いつの頃からか登校拒否をするようになった。 何やら蛇の様にネチネチしつこい担任に目をつけられて、 毎日の様にいびられる様になったらしい。 教師からのいじめだな。 そこで登校拒否になるわけだが、そんなのは学校だけのせいじゃなくて、 家の責任でもあるので恨み言は書かない。 (ま

    俺が誰かに言いたいこと
    kintaorgH
    kintaorgH 2010/07/22
    「一人は事故、一人は自殺。次の俺は何だ?病気? もうそんな事に頭の中を占領されていた。」
  • ごく個人的な事柄について - 青色28号

    そんなこんなでもう12年も経って、それはつまり、僕の人生の半分は彼なしでやってきたのだということになる。僕が小5の頃の話で、年々思い出せることは少なくなる。もちろん欠席している奴は手を挙げられないわけで、何を忘れてしまったのかなんて分かるはずもないけれど、それが減ってきているんだということくらいは僕にも感じとることができる。 もしかすると、風化するに任せるのが健全というものなのかもしれない。そうだそうだ、「人間は思い出を忘れることで生きていける」だっけか。…そんな台詞がすぽんと頭の抽斗から出てきたものだから、これなんだっけとしげしげ眺めていると、分かった、碇ゲンドウだ。そしてこの台詞の続きが「だが決して忘れてはならないこともある」であったことも思い出した。 今からこうやって書きつけることが「決して忘れてはならないこと」なのかどうかはよく分からないけれど、まあゲンドウの言うことなんてそれほど

    ごく個人的な事柄について - 青色28号
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