〈宿泊者は私ひとり。拍子抜けである。前回来たときは土曜日で、40人ほどの宿泊客がいた。(中略)夕食時に缶ビールを飲むが、冷たくてますます寒くなる。夜は毛布を2人分敷いて寝るが寒い。シーンとしていて、まるで暗黒の世界である〉(羽根田治『山岳遭難の教訓』Kさんの手記より) (全3回の3回目、#1、#2から続く) ◆ ◆ ◆ 幻覚が止まらない 翌日、前日の疲れが残る重い足をひきずりつつ、深仙小屋を経て、太古の辻に着いたところで雨が降り出し、不安な気持ちが少しずつ膨らんでくる。そして前鬼へと下っていく途中で、Kさんはルートを見失って樹海に迷い込んでしまう。さらに7メートルほどの土手から滑落し、小さな渓流に足を取られて流され、ストックや眼鏡などを失ったKさんは初めての野宿を余儀なくされる。 〈足がだるいので足台があればと思ったら、目の前に足台がさっと出てきた。ところが足を乗せるとすとんと足が落ちた〉