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ブックマーク / diary.uedakeita.net (6)

  • aikoとネタバレ - 真顔日記

    ハンターハンター』をはじめて読む人と話す機会があった。私のほうは何度も読み返している漫画である。展開から何から熟知している。しかし向こうはまだ何も知らない。完全な初読として楽しんでいるようだ。 こうした場合、ネタバレの誘惑と戦うことになる。自分の中には、この漫画への熱い思いがある。それを制御して、ネタバレに配慮しながら会話することは難しい。先の展開を言いたい。この人がまだ読んでいない部分のことだって気にせずに話してしまいたい。しかし私もいい大人である。ネタバレの誘惑に耐えるのが大人の証明だ。深呼吸して落ち着いて、「どのへんまで読んだ?」とたずねる。 「今ちょうど、アリの化け物が出てきたあたりで……」 キメラアント編である。私の一番好きなシリーズだ。その事実が私の心を決壊させた。反射的に言ってしまった。 「キメラアント編の結末が、完全にaikoなんですよ!」 すぐさま自己嫌悪に陥った。完全

    aikoとネタバレ - 真顔日記
  • 不潔なハエをプロデュースして人気の虫にしたときに起こりうるハエの内面的危機について - 真顔日記

    人間に嫌われる虫として、ハエとゴキブリは二大巨頭。どちらも視界に入れば即座に殺されている。今回はとくにハエについて考えてみたい。なぜ、ハエはこんなにも嫌われるのだろうか? どうすれば嫌われないようになるだろうか? もしも、ハエをプロデュースして、人気の虫にするならば、どうすればいいだろうか? やはり、ハエのイメージが悪いのは、うんこにむらがるところだろう。私がハエのプロデューサーだったならば、まずはそこを指摘する。うんこにむらがるのはやめよう。次に、手足をこすりあわせるのもやめさせる。あれもイメージがよくない。手足をこすりあわせるアイドルに少数の偏執的なファンはついても、大衆ウケはしない。だからこれも禁止する。 うんこにむらがるのをやめさせ、手足もピシッと伸ばしているようになれば、かなりマシになるだろう。あとは羽音のブーン。あれもよくない。これに関しては「ちょうちょを見ろ」と言う。私はハエ

    不潔なハエをプロデュースして人気の虫にしたときに起こりうるハエの内面的危機について - 真顔日記
  • 歩きスマホの人間は、あかんぼのように周囲を信頼している - 真顔日記

    歩きスマホをする人々がいる。社会問題にもなっているようだ。しかし私は怒りよりもおどろきのほうが大きい。何におどろくかといえば、世界への圧倒的信頼感におどろくのである。私はあそこまで周囲のすべてを信頼できない。 とくにすごいのは、スマホの画面を凝視しながら歩きつつ、さらにヘッドホンで耳まで覆っている人間で、たまにそんな人間がこちらにずんずん直進してくるんだが、ありゃ何だ? パラレルワールドに迷いこんだ? 別の世界線のできごと? 人間の目や耳は、周囲を警戒するために付いている。それを遮断したまま大量の人間がいる空間を歩きまわるのは、肝が座っている。街中には色々と変な人間もいると思うんだが、そんなに周囲を信頼できるのか。歩きスマホの人間は、街と母親の区別が付いていないのか。おまえの住所は胎内か。 漫画スラムダンク』の一場面を思い出した。山王戦終盤、三井は体力の限界をむかえ、それでも必死でプレイ

    歩きスマホの人間は、あかんぼのように周囲を信頼している - 真顔日記
    kk831
    kk831 2019/06/19
    実はスマホのほうが本体
  • いまどきジャンパーと言うか - 真顔日記

    去年の冬の終わり、「このジャンパーも片付けよう」と言って、杉松に爆笑された。ゲラゲラ笑うという表現がぴったりくる爆発的な笑いだった。「ジャンパー! ジャンパーって! 古いよ、おっさんだよ!」と勝手に盛り上がっていた。 私はムキになって、「なんだよ、じゃあブルゾンか?」と言ったんだが、この発言が火に油をそそぐ結果となった。「それもおっさんだよ!」とのことである。もがけばもがくほど泥沼にはまりこんでいく。ちなみに、ジャンパーおよびブルゾンを、現代の人間として恥ずかしくない形で表現するならば、「アウター」らしいです。 ジャンパーという言葉に、危険性を感じてはいた。この言葉が地雷である可能性は察知していた。地面がモコッとしていた。踏めば爆発するかもしれないと思っていた。しかし私は他の言葉を知らなかった。おそるおそる踏んでみたら爆発した。もっとも、ブルゾンも地雷だとは知らなかった。右足で爆発、左足で

    いまどきジャンパーと言うか - 真顔日記
    kk831
    kk831 2018/01/25
    「アベックを笑う者は、やがてジャンパーで笑われる。」
  • aikoを聴きすぎると人はどうなるのか? - 真顔日記

    去年はaikoを聴き続けた一年だった。今年も聴き続ける一年になるのだろう。 日常的にaikoを聴いていると、世界の見え方が変わりはじめる。aikoの歌詞世界をもとに世の事象を眺めるようになる。さっきも地下鉄のホームでカップルが見つめあっているのを見て、「いやいやaikoじゃないんだから」と思っていた。しかし、これは自分のほうがおかしい。aikoじゃないんだからも何も、実際にあれはaikoじゃない。aikoとして認識するハードルが下がりすぎている。 先日、aiboに関するネットニュースを見て、反射的にaikoと読み間違えた。同じように間違えた人はけっこういるようだった。なので私のような人間は、そりゃ間違える。むしろ間違えないほうがおかしい。間違えたことを誇りにすら思う。aiboとaikoを簡単に見分けられるような男にはなりたくない。そのときはヘッドホンを置いて、aikoを聴くことから引退する

    aikoを聴きすぎると人はどうなるのか? - 真顔日記
  • http://diary.uedakeita.net/entry/2016/12/13/051753

    http://diary.uedakeita.net/entry/2016/12/13/051753
    kk831
    kk831 2016/12/14
    “aikoは「あなたの瞳に何が映るか?」に強くこだわる女である”
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