高度なユーモアを駆使して日々のコミュニケーションが行われる関西という地域は日本において独特の位置を占めていると思うのだが、似たような地域が外国にもあるのだろうかというのは僕の長年の疑問であった。 より具体的に言えば、歴史的な古都である京都のような街は世界各地にありそうだ。開放的な港町である神戸に似た街も世界各地にあるだろう。だが、笑いを中心にすべてが回っている大阪のような街は他にあるのだろうか。 世界の広さを考えれば、どこかにあるに違いないとも思う。だが、聞いたことがない。 はたしてその地域でも関西と同様に、ボケとツッコミが笑いの基本として認識されているのだろうか。笑いの取れない男はまったくもてないのだろうか。 そんな風に気になって、ずっと悩んでいた。 それで外国人に会うたび、「あなたの国に関西はないか」と聞きまくっていたのだが、なかなか求める答えは得られなかった。 ところがこの前、ついに
勢いで書いちゃいます。だいぶめんどくさくなってきたのでぐだぐだです ------------------------------------------- 結局、12月13日からニコニコ動画(仮)はスタートしました。 みんなで宣伝をあちこちでしたのですが、半分以上のアクセスはひろゆき氏のブログからでした。 初日のアクセスはユニークユーザーで2000人ちょっと。 ひろゆき氏によると十分成功だということです。それからはしばらくひろゆき氏がブログや2ちゃんねるで宣伝する度に新規ユーザが大量にきては去っていき、しかし、ある程度は残って固定ユーザーが確実にふえていくという循環がしばらく続きます。 ひろゆき氏の薦めにより開発ブログを開設し、ユーザーとのコミュニケーションを試みます。基本的な開発ブログのキャラ設定はツンデレでいこうと決めます。 ふつうのサイトはユーザをお客様として、すくなくとも表面上は丁
昨晩はメッセージサーバのプロセスが一個死んだ以外はほとんどトラブルがありませんでした。 ということで・・・以下略 昔話のつづきです。 ------------------------------------------------------ ここでニコニコ動画のサービスをどのように設計したかを話す前に、背景となるドワンゴの文化について説明したいと思います。 ドワンゴはもともとまだインターネットもなかったころにパソコン通信上で知り合ったプログラマやゲーマーが集まってつくった会社です。 リアルな世界の人間関係ではなくバーチャルな世界の人間関係がもとになってできた会社としては日本で最も古いのではないかと思います。ひょっとすると上場企業ではドワンゴだけかもしれません。ただ、設立当初は、開発の下請けが仕事の中心だったので、そんな取引先の信用をなくすような事実はひた隠しにされていましたけど。 で、も
文化祭でカセットコンロ4台の上に鉄板2枚載せて焼きそばを作っていたらガスボンベが爆発、生徒15人負傷…私立豊南高校
今日はサーバ落ちなさそうです。 と書いてて落ちたらすみません。 さて、昔話ですが、もうやめにしようかと思いましたが、社内の一部から実際にニコニコをつくったのは俺らだという無言の圧力を受けましたので、もうすこし、つづけることにします。 しかし、思い返してみてもニコニコは本当に小説になるんじゃないかという出来事の連続でした。いつか、本とかにできるといいなあと思っています。まだまだ、今だと書けないことも多いですから。 ということで言葉をえらびつつ、つづけます。 ------------------------------ ひろゆき氏へのデモは大成功で、これはある程度は流行るでしょう、という結論になりました。 そこで早速、ひろゆき氏をまじえて、今後、どのようにして、この動画サービスを世の中にだしていくかという議論がはじまります。 当然のように最大の関心事はyoutubeはこの動画サービスについてど
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