今年も乗り切りましたねと私は言った。おかげさまでと彼はこたえた。私たちはコーヒーカップを軽くかかげて乾杯に代えた。 彼の職場では毎年社員旅行が催される。彼は他人と同じ部屋で眠ることができない。公衆浴場もひどく苦手だ。けれど休むわけにはいかない。それで私は彼が戻ってくるとコーヒーでねぎらう。彼は見るからに消耗している。 彼は他人と物理的に近づくことが嫌いだ。それは彼に苦痛をもたらす。彼はごく若い時分、人並みに振る舞うことが義務だと考え、継続的に他人と接触する関係を努力して維持した。彼にはそれが不可能なのではなかった。不可能でないことがさらに彼を苦しめた。できるのだからしなければならないと彼は思い、長い苦痛に耐え、そして、あきらめた。 そのころから彼の接触を嫌う傾向は加速した。人だけでなくて、動物にも触れることができなくなった。今の彼は包丁で生肉を切ることもできない。住居に人が入ることがつらい