熊本(くまもと)第五高等学校在学中第二学年の学年試験の終わったころの事である。同県学生のうちで試験を「しくじったらしい」二三人のためにそれぞれの受け持ちの先生がたの私宅を歴訪していわゆる「点をもらう」ための運動委員が選ばれた時に、自分も幸か不幸かその一員にされてしまった。その時に夏目先生の英語をしくじったというのが自分の親類つづきの男で、それが家が貧しくて人から学資の支給を受けていたので、もしや落第するとそれきりその支給を断たれる恐れがあったのである。 初めて尋ねた先生の家は白川(しらかわ)の河畔で、藤崎神社(ふじさきじんじゃ)の近くの閑静な町であった。「点をもらいに」来る生徒には断然玄関払いを食わせる先生もあったが、夏目先生は平気で快く会ってくれた。そうして委細の泣き言の陳述を黙って聞いてくれたが、もちろん点をくれるともくれないとも言われるはずはなかった。とにかくこの重大な委員の使命を果