言語哲学の歴史では,ゴットロープ・フレーゲが19世紀の末に記した「意義と意味」という論文がたいへん重要なものとされている.そこで「意味」と訳されているのはBedeutung,「意義」と訳されているのはSinnというドイツ語である.フレーゲは同論文で「明けの明星」と「宵の明星」というふたつの言葉を例に挙げ,両者はともに物理的には金星を指し,それゆえ同じBedeutungをもつが,使われる文脈は違うのでSinnは異なると論じた.だとすれば日本語の語感としてはBedeutungは「指示対象」と訳し,Sinnこそ「意味」と訳したほうがよいと思われるが,なぜかいまもこの訳が定着している.[中略]なお,フレーゲの英訳では,Bedeutungはreference,Sinnはsenseと訳されており違和感はない.*1 「なぜかいまもこの訳が定着している」と皮肉っぽく言っているが,それなりにまともな理由があ