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2006年11月13日のブックマーク (6件)

  • 山形浩生 の「経済のトリセツ」  Supported by WindowsLiveJournal - 経済成長の意味。

    ここでのやりとりを見ていて思ったこと。 http://bewaad.com/20061103.html#p01 もう経済成長はいらないとか、お金だけがだいじなのではない、とかを他人に対して(それはたとえば「日は」とか「人々は」とか「先進国は」といった表現になることも多い)口走る連中は、みんな衣足りているどころか飽している人々だということ。そしてその人々が、そのだいじでないはずのお金を手放そうとしたりすることはおそらくほとんどないということ。 が、それより重要なこととして、そうした人々の多くは想像力が欠如していること。経済成長ってことの意味がまったく理解できていない。 ぼくたちが経済成長するということは、別にぼくたちがお金を貯め込むということではない。たくさん生産して、その分たくさん買うようになるということだ。そしてその買う相手は日だけじゃない。アメリカやアジア、各種発展途上国もある

    山形浩生 の「経済のトリセツ」  Supported by WindowsLiveJournal - 経済成長の意味。
    ktdisk
    ktdisk 2006/11/13
    経済に限らず、あらゆる成長というのは自分だけに関わることじゃない。まわりの人々、社会全体、世界のあり方にもかかわることだ。
  • CC & Web 2.0 日本語訳

    以下の文章は、Lawrence Lessig による CC & Web 2.0 の日語訳である。 文章は、「クリエイティブ・コモンズの価値」の続きである。また C-Shirt のコンセプトについては、鈴木健氏の「Cシャツ、その可能性の中心」が特に参考になる。 クリエイティブ・コモンズは Web 2.0 のツールである:法的、並びに技術的の両方の意味で、ウェブユーザが望むように創造性を生み出し、共有することを可能にするプロトコルなのだ。 さもないと、少なくともクリエイティブ・コモンズはハイプということになる。実際にはどのような成果をあげているのだろうか? CC は実際その集合に何を加えているのだろう? 私がつい2ヶ月前にデモを見た日発の例を紹介しよう。CC-JP のメンバーが、それぞれデザインが微妙に異なる美しいTシャツを着てカンファレンスの会場を歩き回っていたのだ。どのシャツも一番下

    ktdisk
    ktdisk 2006/11/13
    これが CC の重要な狙いの一つである:ウェブにおける多様な創造的なプロジェクトが交流し合うのに必要な自由を実現する、コンテンツ層における単純で、フリーで、しかも伸張性のあるインフラの構築である。
  • 「よりよく生きる」の意味の違い - My Life Between Silicon Valley and Japan

    須賀敦子全集第一巻(河出文庫)の解説を池澤夏樹が書いていて、その中にこんな文章があった。 しばしば不幸に見舞われる人々がそれでもよりよく生きようとする姿に読む者は共感を覚える。そう言ってしまえば話は簡単に思えるが、このよりよく生きるという言葉の内容が、日アメリカとヨーロッパとでは少し違うようなのだ。 日人はつつがなく生きようとしている。周囲の人々から浮かないようにつつましく暮らし、大過なく人生を送る、日の社会が個人に要請するのは基的にそういうことだ。これが日の社会の雰囲気を決めている。アメリカの場合は基テーマは成功への促しだろうか。個人は持って生まれた才能を発揮して高い地位に昇り、才能の成果を社会に返すことが求められる。倫理は一歩遅れてついてくる。だからアメリカは世界の先頭を切って変化している。新しいものはすべてアメリカから来る。 そしてヨーロッパでは、特にカトリックの国では

    「よりよく生きる」の意味の違い - My Life Between Silicon Valley and Japan
    ktdisk
    ktdisk 2006/11/13
    個人は持って生まれた才能を発揮して高い地位に昇り、才能の成果を社会に返すことが求められる。倫理は一歩遅れてついてくる。
  • ムーアの法則による創造的破壊 - 池田信夫 blog

    一昨日の「過剰の経済学」という記事には、予想外に多くの反響があったので、少し続きを書く。この問題は拙著のテーマなので、理論的な詳細に興味のある読者は、を読んでください。 情報処理デバイスの価格が急速に低下し続けると、それ以外のすべての生産要素の相対価格が上がる。つまり他の生産要素で行っている作業をデジタル化するコストが低下する。たとえば動画(NTSC)をデジタル伝送するには270Mbpsの帯域が必要で、当初はデジタル化は不可能だと思われていたが、圧縮技術の進歩によって現在では1Mbpsあれば伝送できるようになった。映像をデジタル伝送・蓄積・再生するコストが圧倒的に低くなったため、アナログ技術のコストが相対的に上がり、コンピュータに代替されたのである。 このように特定の目的のための固有技術をコンピュータのような汎用技術が駆逐する現象は、今に始まったことではない。かつて蒸気機関、鉄道、自

    ktdisk
    ktdisk 2006/11/13
    情報処理コストの低下によって利益を得られる企業の価値は高まるが、既得権を失う企業の価値は低下する。Googleのような計算資源浪費型の企業のコストは、何もしなくても3年で1/4(ムーアの法則)のペースで低下する
  • 池田信夫 blog:過剰の経済学

    クリス・アンダーソンのブログに、"Economics of Abundance"という記事が出ている。内容は『ロングテール』にも出ているが、要は従来の経済学が稀少な資源の効率的な配分を考える学問であるのに対して、ムーアの法則によって計算・記憶能力が事実上「自由財」になったので、こうした過剰な資源をどう利用するかを考える経済学が必要だという話だ。 これは、もとはジョージ・ギルダーが『テレコズム』でのべたことである。彼は「豊かな資源を浪費して不足するものを節約する」という経済原則にもとづいて、トランジスタを浪費する(Carver Mead)ことがマイクロコズム(コンピュータ世界)の鉄則であり、帯域が毎年倍増するという「ギルダーの法則」によって、帯域を浪費することがテレコズム(通信世界)の鉄則だと主張した。 この預言を信じて、ノーテルやルーセントは光ファイバーに巨額の投資を行い、JDSユニフ

    ktdisk
    ktdisk 2006/11/13
    資本主義の前提は、資本が稀少で労働は過剰だということだ。工場を建てて多くの労働者を集める資金をもっているのは限られた資本家だから、資本の稀少性の価格として利潤が生まれる。
  • ふぉーりん・あとにーの憂鬱: 「必修」科目の幻想

    Warning: include() [function.include]: http:// wrapper is disabled in the server configuration by allow_url_include=0 in /home/users/1/lolipop.jp-dp08063743/web/fallin_attorney/archives/2006/10/26-120910.php on line 89 Warning: include(http://WWW.ny47th.COM/fallin_attorney/archives/2006/10/entry559-body.php) [function.include]: failed to open stream: no suitable wrapper could be found in /home/use

    ktdisk
    ktdisk 2006/11/13
    法を定める側も条文を作ることばかりに夢中で、それがUserが自発的に従うほど自然なものか、あるいはそれを「強制」するためにはどれだけのCostが必要になり、それに見合ったBenefitは何か、という意識が薄い気がします。