結局、Cygwinでjemallocを動かす努力はなんか気が乗らないので、jemallocを読んでみようということにしました。色々勉強になりそうです。最初のコメントを訳してみます。英語は苦手なんで誤訳が一杯あると思います。指摘してくださると幸いです。 /* -*- Mode: C; tab-width: 4; c-basic-offset: 4 -*- */ /*- * Copyright (C) 2006-2008 Jason Evans <jasone@FreeBSD.org>. * All rights reserved. * * Redistribution and use in source and binary forms, with or without * modification, are permitted provided that the following con
jemallocの勉強は今日はお休みします。というか、ある程度読み進めないとどっから書いたらいいか分からなくなることに気づきました。gamellaさんに紹介してもらったのに申し訳ありません。私はRuby開発者なんていう立場じゃないのですが、そう呼ばれてかなり嬉しかったです。なにより紹介してくださってありがとうございます。出来る限りがんばります。 今日は、autorNariさんの「ヒープ細分化、プロセスサイズ削減パッチを作った」(http://d.hatena.ne.jp/authorNari/20080328/1206675485)の効果を見てみようと思います。 まな板に挙げるのはこのblogで時々出ているminilight(http://www.hxa7241.org/minilight/minilight.html)です。すみません、私もRailsは使ったことは無いので、Railsは試
今朝の産経新聞トップの「すごいぞ日本」には考えさせられた。埼玉県富士見市で砲丸を製造している辻谷政久さん(75)が「たった一人の五輪ボイコット」をしたという記事である。 辻谷さんは「1996年アトランタから2004年アテネまで、日本が3大会連続で金銀銅メダルを独占してきた」五輪種目の陸上男子砲丸投げの「メダル獲得選手の砲丸」を、旋盤のハンドルを握って職人技で作ってきた方だそうだが、「北京はやめました」といい、その理由は、04年8月のサッカーアジアカップが中国・重慶で開かれた際、現地サポーターが見せた日本に対するむき出しの憎悪が気がかりで、悩んだ末に「4大会連続メダル独占の偉業を断念し、砲丸の卸先の運道具メーカーに北京五輪用は作らない」と伝えたのだという。「砲丸は私の分身です。とても中国には出せない。大事に使ってくれる選手には申し訳ないが、職人としての意地があります」と辻谷さんは言う。 一日
どうやら、どこかの馬鹿たれがお客様の所で USBメモリを落としたらしい。幸いお客様が拾ってくれたので、最悪の事態は免れているようだが…。 よく、こういう状態になると、 ・USBメモリ、利用禁止 という話になる。現にうちでもそうなっている。その気持ちは判らなくもないが…この指示には2つ問題がある。 1) そもそも現在の世の中、輸送しなくてはいけないデータ量が莫大である そんな中で、あれもだめ、これも駄目、と駄目駄目尽くしをすればセキュリティが守られる、と考えているようだが、その発想こそが守ることは可能だが、仕事はできなくなるような状態を作り、結果としてルールはルール・実態は実態などという腐った状態を作り上げるのだ。 駄目駄目ルールを作る前に、一体どれぐらいの情報を持ち歩く必要があるのか、なぜ持ち歩く必要があるのか(大抵の場合、自宅に仕事を持ち帰らないと終わらないぐらい、一人ひとりに仕事を割り
日経ビジネスオンラインより。 談合消滅後の建設業界で何が起きているか 工事単価の“ダンピング”や発注者の権限強化で職人は青息吐息 談合がなくなったらのとタイミングを同じくして、ダンピングが始まったという話。ただし、本文中でも書かれているように、直接の因果関係があるわけではなく、時を同じくして発注者が強くなった結果、ダンピングすることになったという話らしい。 それはまぁそれとして、件の記事を見ていると、これは近未来のIT業界の図だなと感じると共に、「職人」とは何であるかということがわかる。 経済環境が厳しいらしいこと、特にそれが「発注者の強さ」に起因するらしいことは、言われるまでもなくわかったこと。そういったネガティブなことに関して言えば、既にIT業界にも起きているらしく、重層下請け構造による不幸の話はよく聞くところ。ヒエラルキーの下になればなる程回って来る金がショボく、現場で働いている者に
もしもこの世から「残業」が完全になくなったら 3年ぐらい前に読んだ本を思い出した。 1980−90年代の話ですが、残業について、 「時間外・休日労働の弾力的運用が我が国の労使慣行の下で雇用維持の機能をはたしている」(1985年労働基準法研究会報告)とか、「我が国の労働慣行の実情に合うような上限設定が可能かどうか定かでない」(1992年同報告)と、雇用維持の為のコストとして恒常的な長時間労働を是認する考え方が主流でした。 需要の低下に応じて、生産水準を下げなくてはならなくなっても、バッファがあるから解雇せずに大丈夫でしょ、という。。。 まぁ、 ところが、その後、労働法政策が内部労働市場の雇用維持から外部労働市場における移動促進に徐々にシフトしていったにもかかわらず、この長時間労働哲学には疑問が呈されないまま21世紀に至っているのです。 と著者は問題視しているわけだけど。 話変わって、最近友人
大手とは系列会社経由でないとなかなか契約してもらえないので、個人事業主に限らず、成り行きで系列と契約することになります。ところが、最近では、系列会社との契約は社員しての契約でない(どんな契約なのか不明w)と、二重派遣の疑いをもたれるということで、個人事業主(協力会社経由の方は「受託」という抜け道で一応、回避)は根絶やしにされてしまいました。それぞれ契約元と契約社員となるだけで実態は変わらないのですが、国家としてはフリーランスをつぶしたいようです。
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く