年齢を重ねていくなかで、肉体的な衰えとは別に、かつてわけもなく自分をつき動かしていた衝動が弱まっていき、精神的な熱量が低下していくことに気がつくタイミングがわたしにはあった。それはさみしくもあるが、同時に肩の荷が降りたような部分もあって、なにか独特の感覚だった。自分はいままでそうしていたように、なにかを(誰かを)情熱的に求めることはできなくなったけれど、より長いスパンでものごとをとらえられるようになったとおもうし、以前よりは奥行きのある見方ができるようになった。人生のあるポイントでこうした精神の変容に気がついたわたしは、いままでとは違った視点や価値観を持つ必要性に迫られたようにおもう。 『ネザーランド』は911テロをきっかけに、お互いの精神の変容に気づいた夫婦が、新たな関係を取り結ぶまでの経緯を描いた小説と考えることができる。証券アナリストの夫と弁護士の妻は、どちらも社会的にはエリートとし