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2008年10月25日のブックマーク (6件)

  • 「毒入り食品」排斥で60万人デモ=馬政権と中国に謝罪要求−台湾(時事通信) - Yahoo!ニュース

    【台北25日時事】中国産乳製品への有害物質混入で住民に甚大な被害が出たとして、台湾の野党・民進党が主催する反中国、反政府デモが25日、台北市内で行われた。デモには主催者発表で約60万人が台湾各地から集結、中国産の「黒心(毒入り)」品排斥を訴えるとともに、国民党の馬英九政権の対応を批判した。 民進党が主に要求しているのは、(1)有害物質混入に関する中国政府の謝罪と賠償(2)一連の対中政策が台湾の主権を損なっていることへの馬総統の謝罪(3)劉兆玄行政院長(首相)の辞任−の3点。デモでは、馬政権が計画する中国人留学生の受け入れや、中国が意欲を示す台湾との経済貿易緊密化協定(CEPA)締結にも反対を訴えた。  【関連ニュース】 ・ アジア株も全面安に=韓国は10%急落 ・ アジア株続落=香港など年初から5割安 ・ 中国窓口トップ、来月3日に初訪台=チャーター便増発など協議へ ・ メラ

  • メラミン:食べてないのにピザ代だまし取る 千葉の高校生 - 毎日jp(毎日新聞)

  • オリバー・ストーン監督のブッシュ大統領の伝記映画『W』 - 映画評論家町山智浩アメリカ日記

    TBSラジオ『ストリーム!』、町山智浩が担当する毎週火曜日午後2時の『コラムの花道』、日はオリバー・ストーン監督のブッシュ大統領の伝記映画『W』の日でいちばん早いレビューをお送りします。 これはオリバー・ストーンが単にブッシュを叩くための映画ではなかった。 そのため、左派メディアからも「もっと痛烈な映画かと思った」と批判されたりもしている。 しかし、オリバー・ストーンは、自分と同じ年で、同じイエール大学の学生で、同じく強い父親の支配下で苦しんだブッシュに対して、自分の分身を見るような共感を込めた、同情的とすらいえる描き方をしている。 由緒正しいブッシュ家の長男、W(テキサス訛りでダブヤと読む)こと、ジョージ・W・ブッシュは何をやらせてもダメなボンボンだった。 高校の成績はBばかり、親が裏口入学させたイエール大学でも酒飲んで暴れてばかりで警察に逮捕される。 68年、ベトナム戦争は激化した

    オリバー・ストーン監督のブッシュ大統領の伝記映画『W』 - 映画評論家町山智浩アメリカ日記
  • 雑誌目次をみる:「編集会議」 - H-Yamaguchi.net

    「宣伝会議」という雑誌がある。この雑誌を発行しているのは株式会社宣伝会議という会社なのだが、この会社が「編集会議」という雑誌も発行している。ちなみにこの会社、このほかにも「販促会議」「人間会議」「環境会議」なんて雑誌も発行していて、なんだかえらくまぎらわしいような気もするが、読者層がちがうだろうから読者は迷わないんだろうな。で、この「編集会議」の2008年11月号が今手元にある。この中の「ブロガーのアンテナ」というコーナーで取り上げられた関係で、送っていただいたもの。 こんなふれこみの雑誌らしい。 『編集会議』では、雑誌・書籍などパブリッシングの編集者の方はもちろん、WEBメディアの編集者、さらにはPR誌、フリーマガジンなど、あらゆる企業・業態・メディアで企画・編集の仕事に携わる編集者の方々に向け、仕事に役立つ知識とヒントを発信しています。 なるほど。「宣伝会議」が広告業界の人向けなら、こ

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  • @nifty:デイリーポータルZ:中国に日本の「の」が浸透した

    中国の流行は「の」である。このタイトルといい、この書き出しに何をライスマウンテンは言っているのだと思っているそこのアナタ、この文章は文法的に間違っているわけではないのですよ。なんたって、当に日語のひらがなの「の」が文字として中国では浸透しているのだから。日人は漢字を中国から輸入したけれど、今中国人は日から文字を輸入したのだ!…「の」の字だけ。 今回も中国の街で「の」を捜しに現地調査にはりきりました! 中国で「の」といえば、真っ先に見かけて、目に入るのがこの2つだろう。「鮮の毎日C」は中国でメジャーなジュースで、「優の良品」は香港の有名なお菓子屋。どちらもなんとなく意味がわかりそう。でもたぶん文法間違えてマスヨ! この「の」の使い方は、OKなのかNGなのかキワどいボーダーライン。中国だからNGなんてのは良くない考えだ。冷静に「の」の使い方を見守りたい。それにしても「熊の屋」のイメージ

  • チェルケスク - Wikipedia

    チェルケスク(ロシア語・カラチャイ・バルカル語・カバルド語: Черкесск, Cherkessk)はロシア連邦の都市。北コーカサス西部に位置するカラチャイ・チェルケス共和国の首都。人口は11万3226人(2021年)。クバン川の右岸に位置する。20km北にはカラチャイ・チェルケス共和国とスタヴロポリ地方との境界が走る。最寄りの町は16km南西にあるカラチャイ・チェルケスの街ウスチ・ジェグタと、47km北にあるスタヴロポリ地方の街ネヴィンノムイスク。 1804年にクバン・コサックらにより、ロシア帝国の南の国境を守るための軍の基地が建設され、1825年に要塞からスタニツァ(村)の地位を得た。1825年当時はバタルパシンスカヤ(Баталпашинская, Batalpashinskaya)と呼ばれ、1880年にはクバン地方の行政中心地となった。1931年に市となりバタルパシンスクと改名さ

    チェルケスク - Wikipedia